単独モデルのスマートフォンとしては恐らく最も多く生産されているiPhone。部品メーカーにとってiPhoneに採用されることは大きな名誉だ。同時にAppleが課す多くの要求を呑むことも意味する。価格面や生産数の厳しい要求に加え、場合によってはライバル企業とのビジネスに制限が課される場合もある。このため企業の中には会社の戦略としてAppleとのお付き合いを最小限にとどめる場合もある。
今やスマートフォンの部品は複雑に組み合わされて1つのユニットを形成しており、非常に高額な部品が、同じユニット内の低価格な部品の不良のために廃棄されるケースもある。生産数が莫大(ばくだい)なだけに、このような事態になれば高額部品メーカーの損害は計り知れない。電子部品メーカーの負担は大きくなる一方だ。
また出荷タイミングのずれによる影響も大きい。JDIがその好例である。液晶パネルは液晶ガラスに加え、バックライトLEDやその光を反射させたり均一化したり輝度を増す効果のある複数のシートで構成される。
今回、これらシートの一部に設計変更が試みられたが、うまく行かず結局もとに戻して生産されることになった。組立会社では組立冶具も作り直した。最終的な仕様が決まったのが2014年7月で、発売まで2カ月前という時点でiPhone 6 Plus用のパネル生産数はゼロという危機的状態であった。
しかもiPhone 6 Plus用パネルを一緒に供給するはずのLG Displayはほとんど量産できず、発売までに生産された約400万台のiPhone 6 Plusが搭載したパネルは、ほぼ全てがJDI製であった。生産現場の激闘で何とか発売に間に合わせたにも関わらず、JDIの業績不振はご存じの通りである。不調の理由には複合的な要因もあろうが、奮闘した関係者のやり切れぬ思いは察して余りある。
Appleは製品の均一化を重視している。均一化は重要だが、負の側面としてメーカーが持つ独自性を発揮できなくなるのも事実だ。例えばiPhoneのメイン基板を製造しているオーストリアの基板メーカーAT&Sは、パナソニックから生産性が高く環境にも優しい基板製造法「ALIVH」のライセンスを受けた。
しかしiPhone用基板メーカーでALIVH技術を持つのは同社だけで、iPhone用基板を製造する台湾の基板メーカーOriental Printed Circuitsらはライセンスを受けていない。このため、せっかくライセンス料を払って優れた技術を手に入れたにもかかわらず、AT&Sはこれを使ってiPhone用基板を製造することができなかった。液晶ディスプレイの中にタッチパネルを内蔵するインセル方式タッチパネルも同様だ。ディスプレイメーカーの中には独自の優れた技術を持つ企業もあるが、今のところApple方式のインセル技術を使わざるを得ない。
iPhone 6/6 Plusの128Gバイトモデルには、システムがクラッシュする事象も報告され、ハードウェアが原因である可能性が指摘されている。
16Gバイトモデルと64Gバイトモデルのストレージには、MLC(Multi Level Cell)タイプのフラッシュメモリが使われているが、一方の128GバイトモデルはTLC(Triple Level Cell)タイプが採用された。MLCはメモリの記憶領域に電子を閉じ込めるスペースが2個ある従来タイプで、新しいTLCは記憶領域に電子を閉じ込めるスペースが3個あるのが違いだ。TLCは1本のストローの中に豆が3つ入ったような構造で、メモリコントローラによってこの中からどれを選ぶか、絶妙な処理を行っている。
128GバイトモデルのTLCフラッシュメモリは東芝の四日市工場(サンディスクと共用)で生産され、メモリコントローラはAppleが2012年に買収したイスラエルのフラッシュメモリメーカーAnobitが担当していると推定される。仮に部品がリコールとなれば、製品と製品の組み合わせを統轄するAppleの設計陣は大きな課題を背負い込むことになる。新技術TLCを開発して量産にこぎつけた東芝の落胆も大きいだろう。
もし「2014年度iPhone殊勲賞」があるとすれは、綱渡りの日々を乗り切り、激闘の末に発売に間に合わせた部品メーカーが最も受賞に値するといえよう。今回はみんなガマンして製品の完成に向け協力した。しかしこのような綱渡りは短期間であれば耐えられるが、そう何度もできるものではない。
例年のパターンを見ると、2015年の“新型iPhone”はマイナーチェンジとなりそうだが、次の「iPhone 7」では堪忍袋の緒が切れるメーカーが続出してもおかしくないだろう。
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