イノベーションとテクノロジーの震源地。
それが「Apple World Wide Developers Conference(WWDC)」である。毎年ここには世界中から多くの開発者が集まり、彼らに向かってApple CEO(最高経営責任者)のティム・クック氏をはじめとする幹部が「Appleの目指す未来」について語る。WWDC初日に行われる基調講演の熱気はトップミュージシャンのライブさながらであり、その後に続く約1週間の開発者会議の盛りあがりもまたすさまじい。WWDCはまさに“ソフトウェアエンジニアのフェス”なのだ。
そして、2016年6月13日(現地時間)。
2016年のWWDC 2016は、キーノート会場が従来のモスコーンセンターからビル・グラハム・シビックオーディトリウムに変わり、これまで以上に活気と希望に満ちあふれたものだった。
WWDC 2016の会場で何が語られ、どのような未来が示されたのか。興奮がさめやらぬサンフランシスコの地から、レポートしていきたい。
スタンディングオベーション。
世界中から集まった開発者とメディア関係者が全員総立ちで、歓声と拍手をステージに向ける。その熱狂と興奮の中で、Apple CEOが力強く語り出すというのがWWDCのセオリーだ。特にここ数年は、CEOのティム・クック氏がビクトリーサインやサムズアップで会場の歓声に応えて、さらに開発者たちが沸き立つというのが好例だったが、2016年は少し趣が異なった。
クック氏は静かに会場の歓声が静まるのを待つと、12月未明にフロリダ州オーランドで起きた銃乱射事件について触れ、「Appleのコミュニティーは多様性を尊重する。憎しみやテロリズムが、個々の人々の幸せや価値観を奪ってはならない。この悲劇の被害者に黙とうをささげましょう」と語ったのだ。クック氏がCEOになってからのAppleは、環境保護活動に力を入れるなどCSR(企業の社会的責任)をとりわけ重視する企業になっているが、その姿勢の1つが今回のキーノート冒頭での黙とうにも現れていた。
一転して、クック氏がWWDC 2016の概況を話す。
2016年のWWDCは1300万もの開発者から参加申し込みがあり、74カ国から5000人以上の開発者がWWDCの“プラチナチケット”を手に入れて会場を訪れたという。そのうち72%が新規参加者であり、2015年から注力している優秀な学生アプリ開発者の招待制度「Scholarship」での招待者は350人。
「今回、18歳未満の参加者は約200人もいます。さらに驚くべきことに、最年少の参加者は9歳の女の子なのです」(クック氏)
周知の通り、WWDCは「開発者会議」であり、参加資格はアプリやサービスを開発するソフトウェアエンジニアであること、だ。一般人が親子連れで遊びに来るようなイベントではない。無論、Scholarshipも例外ではなく、全ての学生たちがアプリ開発者である。Appleでは以前から、Apple Storeで子ども向けにプログラミングの無料ワークショップ「Hour of Code」を開催するなど、コンピュータサイエンス教育に力を入れている。そういった数多くの取り組みの成果が、今回のWWDCにおけるScholarship参加者の増加につながっているのだ。
筆者は毎年WWDCを取材しているが、Appleの開発者コミュニティーの「裾野の広がり」と、ここ数年顕著な「開発者層の若返りに向けた取り組み」は、とても重要かつ有益なものだと評価している。Appleが若い開発者や新規参入の開発者を積極的に支援するからこそ、開発者コミュティーの厚みが増し、結果としてiOSなどAppleの各OSプラットフォームには良質で先進的なアプリがそろうのだ。「優秀なソフトウェア開発者に支持されているかどうか」は、魅力的なハードウェア製品が投入できるかどうかと同じかそれ以上に大切なことなのである。
無論、既存の開発者にとってもAppleのプラットフォームは魅力的だ。
「現在、App Storeには200万を超えるアプリが登録されており、ユーザーがダウンロードした回数は累計1300億を超えている。そして(アプリの売上金として)500億ドルが、開発者の皆さんに支払われている」(クック氏)
iPhone/iPadなどApple製品の魅力を影から支えているのが、これらAppleと開発者コミュニティーの「WIN=WINの関係」なのである。
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