日本でもようやく商用化に向けた動きが活発になった「5G(第5世代移動通信システム)」。当初は「LTE(4G)がもっと速くなったもの」という文脈で、スマートフォンやワイヤレスブロードバンド用途において普及が進むと見られている。
ある程度5Gが普及した段階で、次のユースケースとして期待されているのが産業用途だ。5Gの「超高速」「超低遅延」「超多接続」という特徴に、自営の5Gネットワーク「ローカル5G」を組み合わせることで、「インダストリー4.0(第4次産業革命)」を実現できるのではないか、という期待も寄せられている。
ただ、ローカル5Gの“先祖”でもある「プライベートLTE」(※)も含めて、先行する事例を見ていると「それってWi-Fi(無線LAN)でもできるんじゃないの?」と思える。
なぜ、産業の高度化にプライベートLTEやローカル5Gを使う必要があるのだろうか。エリクソン・ジャパンが開催しているプライベートイベント「エリクソン・フォーラム 2019」の発表内容や展示を踏まえつつ、解説していく。
※ LTE規格を用いた自営ネットワーク。プライベートLTE規格として、日本では1.9Ghz帯を利用する、TD-LTE規格ベースの「sXGP」が存在する
エリクソン・ジャパンの親会社であるEricssonは、スウェーデンの企業。そのこともあってか、Ericssonが関与しているプライベートLTEやローカル5Gの事例の多くはヨーロッパや北米に集中している。
その1つが、オランダのロッテルダムにある港湾「Rotterdam World Gateway(RWG)」での事例だ。RWGでは3.5GHz帯を使ってプライベートLTEネットワークを構築し、積み荷を船から運び出すAGV(無人搬送車)の制御を始めとする各種通信に用いている。この事例では、47箇所に設置していたWi-Fiアクセスポイントを、2つのLTE基地局に置き換えた。
類似の事例として、カナダのAgnico-Eagle(アグニコ・イーグル)が所有する地下金鉱での取り組みもある。この事例では、地下3kmの位置に広がる金鉱で、850MHz帯を使ったプライベートLTEネットワークを構築し、Wi-Fiネットワークを置き換えた。従来は、6kmの坑道1つ当たり60個のWi-Fiアクセスポイントでカバーしていたエリアを、プライベートLTE化後は1つの基地局でカバーできているという。
これら2つの事例を通して分かるのは、LTEはWi-Fiよりも少ない基地局(アクセスポイント)で広いエリアをカバーできるということだ。元々モバイル通信規格として生まれたことのメリットの1つを生かしている。
もちろん、同じ周波数帯を使うという前提に立てば、このことはローカル5Gでも同様だ。
ドイツの自動車メーカーであるAudiは、Ericssonと共同で自動車工場におけるプライベートLTEやローカル5G活用に向けた実証実験を2018年8月から実施している。Wi-FiやEtehernet(有線LAN)を置き換え、または補完する形で導入することを視野に入れ、産業用ロボットの制御に5G通信を使う実験を皮切りにさまざまな取り組みをしているという。
ここでLTEや5Gを使おうとしている理由の1つは、ワイヤレスであるということ。特に産業用ロボットでの利用は、アームの回転などが原因でケーブルが切れてしまうリスクがある。これを最小限に抑えるにはケーブルレスで制御できれば理想的。そこでワイヤレス化を進めるのだ。ケーブルを少しでも減らせれば、生産レーンの稼働状況に合わせて製造機器類を移動しやすくもなる。
……が、単にワイヤレス化するだけなら、Wi-Fiでも構わない気はする。しかし、Wi-Fiでは満たしきれない要素があるという。それは、端末を異なる基地局につなぎ替えるハンドオーバーだ。
Wi-Fiでもハンドオーバーは可能だが、元々移動しながら使うことを想定していない規格であることもあり、スムーズに行かず通信が途切れることも多い。このことは、工場内のAGVの制御にも使おうということになると致命的な問題となりうる。
この点、移動しながら使うことが前提であるLTEや5Gを使えば、よりスムーズなハンドオーバーを実現できる。途切れず通信できるということ自体に価値を見いだすのであれば、そのメリットは大きい。
冒頭で述べた通り、5GはLTE以上の「高速」「低遅延」「多接続」を実現できる。特に後二者は産業利用において大きなメリットをもたらしうる。先に上げたAudiとEricssonの実証実験における協業も5Gの適用を前提としたもので、Ericssonが手がける他の事例でも、5Gを視野に入れているものが多い。
5Gには幾つかの利用シナリオが用意されている。中でも産業用途で活躍しそうなのが「URLLC(高信頼・低遅延通信)」だ。このシナリオでは無線区間の通信遅延を片道1ミリ秒(0.001秒)以下に抑えることを目標としている。
この通りの性能を実現できれば、レスポンスが命となる産業機械の制御や自動運転車の制御にも十分利用できる。外部要因によるレスポンス悪化を想定しなくてよい上、基地局のそばにサーバなどを置く「エッジコンピューティング」を適用しやすい分、ローカル5Gは「5Gの理想」を実現しやすくもある。
超多接続という特徴を生かせば、より多くの機械を同時に制御することも容易になる。工場にはさまざまな用途の機器が多数存在する。ローカル5Gをうまく使えば、それらを1つの電波でまとめて動かせるのだ。
5G普及当初に活用されるであろう高速通信についても、産業用途でも活用できる。
例えばEricssonでは、工場の機械に向かってタブレットをかざすと、そのステータスをAR(拡張現実)を使って映像化してくれるソリューションを開発している。リアルタイムにAR処理をするには、タブレットの処理能力はもちろん、通信速度も重要だ。ローカル5Gを使えば、通信速度面の課題を解決できる。
このように、プライベートLTEやローカル5Gは、Wi-Fiにないメリットを多く持つ。ただ、Wi-Fiと比べると設備投資額が大きくなりがちなのも事実。中小企業でそのまま生かせるのかといわれると難しい面もある。
産業分野における5Gは、2022年以降に普及が本格化すると思われる。それまでに、中小企業でも導入できるような5Gソリューションが登場するかどうかに普及のカギはありそうだ。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.