ITmedia Mobile 20周年特集

総務省とキャリアの“いたちごっこ”に終止符は打たれるのか? 20年間の競争と規制を振り返るITmedia Mobile 20周年特別企画(2/3 ページ)

» 2021年09月13日 06時00分 公開
[北俊一ITmedia]

水泡に帰した分離プラン

 ハイエンド端末の普及に貢献した端末販売奨励金であるが、一方で、次のような弊害を招いていた。

 通信料金の中に奨励金の回収コストが含まれているため、端末を長く使う人や奨励金の回収が終了した人からも、一律に回収コストが徴収され続けることにより、利用者間の不公平感を生んでいた。

 また、体力のない新規参入事業者やMVNOは、1台当たり平均4万円という奨励金競争に参戦できず、同時に、接続料・卸電気通信役務の原価に奨励金が計上されているため、MNOとMVNOとの間の公正な競争環境が確保できず、結果として、体力のあるMNO3社の寡占状態が形成され、携帯電話料金の横並び、高止まりを招いていた。

 これらの課題は、後述する2019年の改正電気通信事業法施行まで、総務省の競争政策上の重点課題となった。

 これらの課題を解消すべく、総務省は2007年1月に「モバイルビジネス研究会」を開催した。2007年9月に「モバイルビジネス活性化プラン」を公表し、MNO3社に対して通信料金と端末価格が区分された「分離プラン」の導入を要請した。

モバイルビジネス研究会 モバイルビジネス活性化に向けたロードマップ(モバイルビジネス研究会報告書案より)

 これを受けて、2007年11月にドコモとauが、端末価格は値引かない代わりに、通信料金から奨励金の回収分を控除した分離プランを導入。端末代金の値上がりによって端末販売が減少した現象は、当時の総務省担当課長の名前を取り、「谷脇不況」と呼ばれた。

 ところが、ソフトバンクが2006年9月から提供した「新スーパーボーナス(のちの月月割)」が、分離プランを形骸化させた。端末を割賦で販売する一方で、毎月の通信料金から割賦代金相当額が割り引かれるというもので、ソフトバンクはこれを「分離プランである」と主張した。

 このとき、総務省が行政指導を出していたら、その後の業界は大きく変わっていただろう。当の谷脇氏は、省内でも「やりすぎた」と言われ、他の部署に異動していた(させられた?)のだった。総務省は結局、「新スーパーボーナス」を問題視しなかったため、ドコモもauも同様のプラン「月々サポート」「毎月割」を投入し、分離プランは水泡に帰した。

再び水泡に帰した「端末購入補助適正化ガイドライン」

 その後のモバイル市場の競争を大きく変えたのが、AppleのiPhoneだ。

 2008年7月からソフトバンクがiPhone 3Gを独占販売し、「新スーパーボーナス」との組み合わせによってシェアを一気に拡大した。3年後にauがiPhone 4sを販売し、その2年後の2013年秋から、いよいよドコモがiPhone 5sを販売するというウワサが出てきた頃から、一気にキャッシュバックやレ点販売(多数のアプリやオプションの契約を条件とした端末値引き)が激化した。2014年3月には、家族4人MNPで100万円キャッシュバック、といった販売まで出現した。

iPhone 3G 2008年に登場した「iPhone 3G」。当時は国内キャリアではソフトバンクが独占販売していた
キャッシュバック MNPを条件としたキャッシュバックをキャリア自らが提供していた(画像は2014年時点のもの)

 月々サポート系の販売手法は、中途解約すると、期間拘束契約(2年縛り)の違約金とともに、端末の割賦残債が請求されるため、強いロックイン効果を持つ。そのロックインされたユーザーを他社から引きはがすために、割賦残債と違約金を肩代わりするMNPキャッシュバック競争が激化することになったのだ。

月々割 画像はソフトバンクの「月月割」。こうした施策では、2年間に渡って毎月通信料から割り引き、かつ端末代を割賦で支払うため、ロックイン効果が大きかった

 最新のiPhoneが実質ゼロ円+キャッシュバックで手に入る、ということで、ケータイショップには、小遣い稼ぎ目的のユーザーに加え、海外からのブローカーや、反社会的勢力に雇われた多重債務者までが押し寄せた。寝かせておいたMVNO回線からMNOにMNPすれば、多額のキャッシュバックをもらえた上に、さらに端末を転売すれば、違約金や割賦残債を支払ったとしても、合法的にカネをもうけることができたのだ。

 2014年3月の総務省「消費者保護ルールの見直し・充実に関するWG」において、筆者は、2013年1年間でMNPキャッシュバックに約3400億円が投じられ、その一部または大半が反社会的勢力に流れていることを示した。

 さすがにヤバイことが分かった総務省は、3キャリアに対して、行き過ぎたキャッシュバックを辞めるよう内々に要請し、一瞬鎮静化した。しかし、またすぐ元に戻った。

 この極めて不健全な販売に変化が訪れたのは、2015年9月である。安倍首相(当時)が経済財政諮問会議において、家計の消費支出における移動電話通信料の負担軽減を検討するよう指示を出し、総務省に「携帯電話の料金その他の提供条件に関するタスクフォース」が立ち上がった。

 とはいえ、いくら監督官庁の総務省であっても、キャリアに対して、自由化されている通信料金が高いから安くせよ、と指導する権限はない。あくまでも競争を通じた料金の低廉化を促すしかないのだ。

 そこで、まずは通信料金高止まりの要因となっている行き過ぎた販売奨励金(端末補助金)を規制することになり、2016年4月から「スマートフォンの端末購入補助の適正化に関するガイドライン」を施行した。これによって、“端末価格を上回るような”行き過ぎた端末購入補助金が規制された。

 当時、日本以上に過激なキャッシュバックが行われていた韓国では、議員立法により「移動通信端末装置流通構造改善に関する法律」(端末流通法)を施行し、補助金の上限を33万ウォン(+代理店による15%までの追加補助金)と明示した。

端末購入適正化ガイドライン 有識者会議には、高市早苗総務大臣(当時)も出席して意見を述べる場面も多かった(写真は2016年11月に開催されたフォローアップ会合でのもの)

 日本ではこのとき、法改正までは視野に入れなかった(法改正には時間を要する)ため、補助金の上限等を指定することはせず、まずは端末価格を上回るような補助金を禁止するにとどまった。

 しかし、ここに立ちはだかったのが独占禁止法の再販価格拘束の禁止事項だ。キャリアが代理店に再販した端末の値付けに関して、キャリアも総務省も口を出すことはできないため、代理店が独自に値引きをして安売りすることは止められない。たとえ、その値引き原資が、キャリアから他の名目で代理店に出されていたとしてもだ。この「代理店独自値引き」の横行により、ガイドラインは水泡に帰した。

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