ローカル5Gは企業から大きな注目を集めている一方、その活用となるとPoC(概念実証)や実証実験にとどまるものが大半を占め、現場で実際に使われているケースはほとんど見ることができない。そうした中にあって、ローカル5Gの商用環境での利活用を早々に打ち出したのがインターネットサービス大手のミクシィである。
ミクシィはローカル5G向けとなるSub-6帯域の4.8〜4.9GHz帯の免許を取得、千葉県千葉市の「TIPSTAR DOME CHIBA」にそれを活用した映像伝送システムを構築し、2022年1月21日より千葉市が実施している公営競技の自転車トラックトーナメント「PIST6 Championship」の映像配信に活用しているというのだ。一見、ローカル5Gとは縁が薄いように見えるミクシィが、なぜローカル5Gの商用利用をいち早く始めることができたのか、同社の開発本部インフラ室長である吉野純平氏に話を聞いた。
ミクシィといえば、スマートフォンゲーム「モンスターストライク」などのインターネットサービスが事業の主体だが、最近ではスポーツ事業にも力を入れている。実際、同社はBリーグ1部の「千葉ジェッツふなばし」やJ1リーグの「FC東京」など強豪プロスポーツチームを子会社化しており、そのチーム運営にも携わっている。
そしてもう1つ、同社のスポーツ事業で力を入れているのが公営競技だ。競輪やオートレースの車券を販売するチャリ・ロトをグループに持つ他、ミクシィ自身でも競輪・オートレースのインターネット投票をするアプリ「TIPSTAR」を運営している。
そして今回構築したシステムは、TIPSTAR DOME CHIBAで実施されるPIST6 Championshipの映像を伝送し、それを会場内やTIPSTARのアプリ内で配信する映像の制作に活用するものになるという。だが当初そのシステムは、自営のLTEネットワークである「SXGP」とWi-Fiを用いて構築しており、選手が乗るレース用の自転車車両に車載型のカメラ端末を搭載、その映像をSXGPとWi-Fiを同時に活用して伝送する仕組みだったという。
吉野氏は映像配信に自営セルラー網のSXGPを用いた理由について、競技に参加する6台の車両全てに端末を搭載して映像伝送する必要があったこと、そしてもう1つ、Wi-Fiでは「建物にお客さんが入ることを前提にすると、いろいろな端末からWi-Fiの電波が飛ぶので環境的に厳しいことがある」ためと話している。ただSXGPでは映像伝送するための帯域幅が足りなかったため、Wi-Fiと組み合わせて伝送する技術を活用するに至ったとのことだ。
しかしこの組み合わせでは、場内にある端末の数やWi-Fi設備の利用数によって電波環境が変わってしまうため、6台全ての車載カメラの映像を安定して伝送するのは難しいとのこと。それゆえ、映像制作する上でも、安定して伝送できた映像だけを選ぶ必要があるなどの制約が出ているという。
そこで、より帯域幅が広い5Gの活用を考え、携帯電話会社と連携してパブリックの5Gを活用することも検討はしたそうだが、こちらもWi-Fi同様、周囲の環境や来乗客数などによって電波が安定しない可能性がある。それだけにSXGPと同様、周囲の環境に左右されにくい自営網のローカル5Gを選択、まずは可搬型の定点カメラの映像伝送用途として活用するに至ったのだそうだ。
実際ローカル5Gの導入によって、「ゴールの見通しが立つくらいには帯域が潤沢で、かなりのことができると思っている」と吉野氏は話している。主に使用しているのは映像のアップロード用途だが、アップロードの帯域幅を増やすための運用変更などをしなくても、同社が求める条件には十分応えられているとのことだ。
ただ、ミクシィはもともと無線技術や設備を持つ企業だったわけではないことから、ローカル5Gを導入する上ではハードルがいくつかあるように思える。最大のハードルは基地局の整備や免許取得時に必要なシミュレーションなど無線技術に関する部分だが、そこは基本的にベンダーに依頼しているとのこと。ただ社内に陸上特殊無線技士の免許を持っている人が複数いたことから、実運用に関する作業だけは自社でできるようにしたという。
そしてもう1つ、大きなハードルとなるのが基地局など機材調達コストの高さだ。この点について吉野氏はやはり「高い」と答えているが、同社が重視したのはコストよりむしろ、迫力ある映像を伝えるため、いち早くネットワークを構築できることだったという。
同社ではSXGPなどを活用したシステムの準備を2021年6月頃から始め、TIPSTAR DOME CHIBAがオープンした同年10月より活用している。だが同年8月の後半頃にはそのシステムでの運用が厳しい状況が見えていたそうで、数週間で情報を集めて同年9月の頭にはローカル5Gの導入に向けた取り組みを開始したとのことだ。
それゆえ、当時のタイミングで、コスト的に許容できる範囲の中で最も早くネットワーク構築できる提案のあったものを選んだとのこと。その結果、同社の富士通のローカル5G基地局システム「FUJITSU Network PW300」を導入するに至っている。
冒頭でも触れた通り、ローカル5Gの活用がなかなか進まない中にあって、同社がかなりのスピード感でローカル5Gの利用にこぎつけたことが分かる。それだけスピーディーにローカル5Gを活用できた理由について、吉野氏は映像伝送のシステム自体に変更がなく、ローカル5Gを使うからといって無線部分以外が大きく変わるわけではなかったことを挙げている。
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