日本において非常時のローミングに関する議論が進まなかったのは、先述の通り以前の検討時はキャリアによって3G通信規格が異なることが大きな理由だ。
2011年当時は3Gがモバイル通信の中心にあり、KDDIと沖縄セルラー電話は「CDMA2000」、他社は「W-CDMA(UMTS)」という規格を採用していた。ごく一部のスマートフォンはW-CDMAとCDMA2000の両方で通信できる機能を備えていたものの、ほとんどの携帯電話はW-CDMAとCDMA2000の“どちらか”でしか通信できなかった。なので、非常時ローミングを導入した所で「緊急通報難民」の発生は避けられなかったのである。
そこから10年少々経過して、新規参入組である楽天モバイルを含めて、現在はデータ通信の規格は「5G NR」あるいは「LTE(4G)」にそろえられた。また、音声通話もLTEのデータ通信に乗せる「VoLTE(Voice over LTE)」が主流となった。
NTTドコモやソフトバンクには3Gユーザーが残存しているが、一番長くサービスを続けるドコモでも残り4年弱で3Gサービスが終息する。端末の対応周波数帯(バンド)も比較的広くなったので、2011年当時と比べると、事業者間ローミングのハードルは低くなっているようにも思う。
しかし、現在の「事業用電気通信設備規則」に定める携帯電話/PHSの技術基準では、緊急通報できる通信サービスを利用する際には以下の要件を“全て”満たす必要がある。
海外では、非常時対応の一環として「SIMカードなしでの緊急通報」を提供している国/地域もある。現在主流となったスマートフォン向けのOS「iOS」「Android」の通話機能(テレフォニーアプリ)も、SIMカードなしでの緊急通報に対応する前提で設計されている。SIMカードが刺さっていない(無効にした)状態でも「緊急通報のみ」といった趣旨のメッセージが出てくるのは、このためだ。
しかし、SIMカードのない状態では上記の技術基準を満たせないため、日本ではこの機能が“無効”である。一方で、SIMなし緊急通報制度を導入している国/地域では、SIMカードのない携帯電話からの過剰な緊急通報によってキャリアの通信設備や緊急通報機関を“パンク”させる「TDoS(Telephony Denial of Service)攻撃」が発生してしまうリスクもある。
今回の検討会では、SIMなし緊急通報を含めた事業者間ローミングの“手法”が大きな争点になりそうである。
日本では携帯電話/PHSの技術基準が「SIMなし緊急通報」を許容していない。導入されている国/地域ではTDoS攻撃が実際に起こった例もあるため、単純な導入は難しそうである(総務省資料より:PDF形式)海外では、非常時に事業者間ローミングを行うケースは既に存在する。総務省の報告によると、基本的には事業者間の自主的な取り組みから始まり、その取り組みをもとに法的義務とした国もあるようだ。
ただ、全ての通信に対して非常時ローミングを適用する国/地域はまれで、法的にSIMなし緊急通報制度を導入する国/地域が多いようである。ただし、SIMなし緊急通報は先述の通りTDoS攻撃のリスクがあるため、SIMなし緊急通報を行う場合に端末のIMEI(モバイル端末の識別番号)を通知することを義務付ける対応を取っているケースもある。
総務省の報告によると、緊急通報以外の通常の通話/通信でも非常時ローミングを導入しているのは米国、韓国、ウクライナの3カ国だという。米国ではキャリアによる自主的な緊急対応の後、規制機関(FCC:連邦通信委員会)がこのことを法的義務とした。一方、韓国はキャリアの相互協力協定の一環として、ウクライナではロシアの侵略に伴うキャリアの相互補完を目的として導入されたようである(総務省資料より:PDF形式)
米国では、2012年10月のハリケーン「Sandy(サンディ)」の被害が発生した際に、AT&TとT-Mobile USがニューヨーク州とニュージャージー州でGSM(2G)通信の相互ローミングサービスを無料で提供した。その後、両社を含む7キャリアは災害時に相互ローミングを行うようになったが、FCCが2022年7月に「Mandatory Disaster Response Initiative(MDRI)」としてこの枠組みを義務化した(総務省資料より:PDF形式)
ウクライナでは、大手3キャリア(Kyivstar、Lifecell、Vodafone Ukrine)がロシアの侵攻による携帯電話インフラの破壊/故障を想定して、相互のネットワークにローミングできるサービスを無料で提供し始めた。ローミング方法は、各社がSNSなどを通して告知しているという(総務省資料より:PDF形式)
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