第8回:初回ロットを買ってはいけない(前編)後藤重治のPC周辺機器売場の歩き方

» 2007年03月22日 11時30分 公開
[後藤重治,ITmedia]

本当に買ってはいけないのか

 PC周辺機器業界に限ったことではないが、「初回ロットに手を出すな」という言葉をよく耳にする。品質が安定していないから、リスクを回避したければセカンドロット以降を狙え、というものである。

 メーカーに長年在籍していた筆者としては、この考え方はある意味正鵠を得ている、と言わざるを得ない。その理由も「営業的」「技術的」に大別される。今回はそのうち、「営業的」な理由について説明しよう。

カギになる「発売時期の遅延」

 販売店が、メーカーの新製品について情報を入手するパターンは2通りある。1つはニュースリリースによる告知で、もう1つは正式発表の前にメーカーの営業マンからのアナウンスだ。メーカーの営業マンが資料を片手に販売店、もしくはバイヤーにアナウンスしていて、ニュースリリースが出るころには販売店からの受注がすでに完了している場合も多い。

 前回の記事で「新製品はどの販売店にも等しく入荷するわけではない」と書いたのはまさにここで、格付けが低い販売店は、この時点でメーカーの受注対象から除外されている。メーカーの営業マンがアナウンスに回らないというような露骨な場合もあれば、「生産台数が少ないので割り当たりそうにありません」ともっともらしい理由で煙に巻く場合もある。

 メーカーから新製品をアナウンスされた販売店は、過去の実績と照らし合わせて数量を決めてメーカーに発注する。メーカー側は、すでに決定している初回ロット数をベースに、どの販売店に何台割り振るかを調整する。まれに先着順のようなシステムを取っているメーカーもあるが、たいていは、すべての販売店からのオーダーがそろった時点で営業本部的な組織が割り振りを決定している。もちろん、この段階でも力の強い販売店の希望台数が優先される。

 ここでポイントになるのは、必ずしも販売店からの受注数がまとまってから初回ロットを生産するわけではない、ということだ。そもそも海外生産が多く、製品のサイクルも早いPC周辺機器で、受注発注自体が不可能である。過去に存在した類似製品の受注状況をベースに、出荷数を予測しているに過ぎない。

 もっとも、営業本部といった組織を持つ規模のメーカーであれば、需要と供給のバランスを大きく読み違えることは少ない。どの販売店に優先的に卸せば効率的な販売ができるかについても、過去のデータを基にロジックが組み立てられて社内の合意が取られていることが多い。例えば、互いにライバルとして意識し合っている大手量販店のAとBにはほぼ同等の数量を割り当て、ややランクの落ちる郊外型の量販店Cはセカンドロットを割り当てる──といった具合だ。

 以上が、新製品の発表から受注、出荷に至るまでの大まかなプロセスとなる。問題は、製品に何らかのトラブルで出荷日が遅れてしまったり、予定していた初回ロットの数量が確保できなくなったたりした場合だ。

クレーム回避のための「難あり」製品出荷

 PC周辺機器に限ったことではないが、話題の新製品は1日でも早く注文可能な状態にすることが、販売店にとって重要である。通販サイトを見ているとよく分かるが、A社のサイトでは「予約受付中」と表示されている製品が、B社のサイトでは影も形もない、ということがある。こうした場合、たとえ製品の入荷時期に違いがなかったとしても、そもそも受け付けるフォームが用意されていないB社に勝ち目はない。

 このように、スピード重視で顧客からの注文を拾っていくと、販売店は製品の発売前に相当数のバックオーダーを抱えることになる。こういう予約を行うとき、メーカーの発売予定日に一定のマージンを加えた「入荷日」が、顧客に伝えられていることは言うまでもない。問題となるのは、上記の「入荷日」が遅れたときだ。単なる店頭在庫であれば、納品時期の多少のズレは笑って済ませられる場合もあるが、予約された“客注”だとそうはいかない。顧客から販売店へ、さらに販売店からメーカーへと、クレームが殺到する。

 メーカーでクレームの一次窓口となるのは、販売店との間を取り持つ営業部だ。しかし、前評判が高く客注の数も多い製品の場合や遅延が長期に渡った場合、こうしたクレームは開発や仕入れの窓口にまで流れ込む。ただでさえ製品のトラブルに直面している彼らのもとに、社内の他部署だけではなく、顧客からのクレームまで集中することになる。そもそも、彼らのスケジューリングの甘さや外注管理の甘さが引き起こした事態なのだが、この時期、彼らは文字通り「袋叩きで追い詰められた」状況に陥るのだ。

 こうなってくると、入庫時検査で引っかかったものの出荷してもファームアップで修正可能な製品や良品と不良品の判断が人によって分かれるの製品(成型が甘い、色が微妙に違う、などなど)が倉庫内に保留のまま山積みになっていた場合、「あとからファームアップすれば構わない」「ツメの甘さは多少目をつぶってもらおう」といった判断がなされて出荷されることになる。ただしハードウェア的な不具合が残ったまま出荷されることはない。リコールの対象となりかねないからだ。

 ちなみに、出荷を強行する/しないの判断結果は、メーカーの社内における部署間の力関係に大きく影響される。一般的に、営業主導型のメーカーではこうした「難あり製品でも出荷してしまえ」的な判断が行われやすい。とりあえず出荷してしまえば、販売店から営業セクションに殺到しているクレームのほとんどは終息するからだ。その後、顧客からクレームが殺到しても窓口になるのはサポート関連の部署であって、営業部は責任を負わなくて済むからだ。また、月内になんとか出荷すれば当月の売上として(要は営業部の業績として)カウントできる、といったエゴが加味される場合もある。

 こうして出荷された"難あり"新製品について、「動きがおかしい」「成型がおかしい」といったクレームがサポート窓口に殺到するまで、早くて1週間、遅くても2週間といったところだろうか。それまでの間に修正版ファームウェアなどといった対応策が用意できていれば何とか収まるが、そうでなければネットを巻き込んだクレーム地獄に突入してしまうのだ。

物欲重視かリスク重視か

 こうした舞台裏は、PC周辺機器業界に籍を置いている者には(残念ながら)見慣れた光景である。ユーザーがこうした事態に巻き込まれないためには、“初回ロットに手を出さない”というシンプルなルールを自らに課すしかない。上記のような事態は、多かれ少なかれどのようなメーカーで起こりうる問題だからだ。

 ただ、PC周辺機器においては「人柱」という言葉に象徴されるように、多かれ少なかれこうした製品にぶつかることが当たり前として認知されてしまっている。地雷を踏んでしまう可能性もある一方、早く入手して試したい、周りに見せて自慢したい、といった「物欲」がせめぎあっている。従って、製品を至急必要としておらず、安定して使いたいのであれば、時間がたって問題が解決されたであろう段階で入手すればよいし、すべてのリスクを吹き飛ばすような魅力が製品にあり、一刻も早く使ってみて評価したければ、初回ロットを予約して購入すればよい。

裏の駆け引きが見えない初回ロット

 逆に、スケジュール通りに発売された新製品であれば、製品の品質に問題はないのだろうか。結論から言ってしまうと「否」である。というのも、上記のような「難あり製品でも出荷してしまえ」的な判断が、かなり早い段階で行われている可能性も否定できないからだ。スケジュール通りに出荷されたからといって、必ず品質が確保されているとは言い難い。初回ロットの出荷の影でどのような駆け引きが行われたかは、表面的な発表からは分からない。

 多少なりとも手掛かりになるのは以下の2点である。1つは、その製品がなんらかの公的な規格をクリアしているかどうか。例えばVCCIなど、実機をもってテストを行うことが必須とされる規格を取得していれば、出荷前にある程度余裕を持って検査に望んでいたと考えられるので、初回ロットでもリスクは低い。もう1つは、そのメーカーの「過去の対応履歴」をチェックすることだ。同じ製品で何度も発売遅延を繰り返した実績のあるメーカーであれば、その見通しの甘さはともかくとして、不完全な製品は発売時期を遅らせてでも対応するという会社のポリシーがあることが見て取れる。ただし、この場合も、最終的に出荷された製品の品質が完璧だったのかどうかは分からないわけで、決定的な判断材料とするには弱いのだが。

 次回は、技術的な視点から「初回ロットを買ってはいけない」理由について述べたいと思う。

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