「量産型よりも優れたプロトタイプ」って実在する?牧ノブユキの「ワークアラウンド」(1/2 ページ)

» 2012年03月02日 16時39分 公開
[牧ノブユキ,ITmedia]

それは、ありえないということはない(どっちだ!)

 「量産型よりも高性能なプロトタイプ」というのは、ことロボットアニメなどの世界ではありがちな存在だ。新人類だったり、引きこもりだったり、親の意思を継いだり、事件に巻き込まれてたまたまコクピットに逃げ込んだ主人公が、量産型に比べてはるかに高性能なプロトタイプ機を駆って活躍する作品の具体例は、わざわざ挙げるまでもないだろう。

 もっとも、プロトタイプといえばその名の通り、評価試験などの目的で作られた「試作品」でしかなく、性能はおよそ未知数だ。プロトタイプの試験結果を基に作られたマスプロダクトモデル、つまり量産型のほうが性能は安定しており、またメンテナンスなどの面でも有利といえる。

 とはいえ、アニメの世界では、こうしたプロトタイプは量産型よりも性能がすぐれたモデルとして扱われることが多い。主役メカを張っているのも、たいていがこうしたプロトタイプだ。もちろん、これには、主人公が乗っているのが量産型だとキャラクターが立たないとか、絵作りにおいて目立ちやすくするためだとか、バリエーションを増やしてオモチャを売りたいスポンサーの意向だとか、いろいろな事情があることは理解できる。

 しかし、冷静に考えてみると、量産型というのはプロトタイプのノウハウを生かして設計されているわけで、ロールアウトした時期もプロトタイプよりは後になる。となると、量産型は、プロトタイプよりも性能がいいはずだ。ロボットアニメのような空想科学世界ではともかく、現実世界で量産型よりも優れたプロトタイプが実在するのか否かは、多くのユーザーが興味のあるところだろう。

 ここでは、PC周辺機器を例に、この「量産型よりも優れたプロトタイプは実在するのか?」という問題を考えてみたい。先に結論を書いてしまうと、確かにこのようなパターンは実在するが、そこには一筋縄ではいかないさまざまな事情が絡んでいる。いくつかのケースに分けながら、これらの事情をみていこう。

不釣り合いに性能の高い部品か、不釣り合いに性能の低い部品か

 「量産モデルよりプロトタイプが高性能」は、「量産化の時点で性能が低くなった」といい替えることができる。その理由はいくつかのパターンに分けられる。

 1つは、プロトタイプによる評価試験の結果、特定の部品のグレードがほかに比べて突出して高いことが分かった場合だ。記憶装置でいうと、どれだけ高性能なHDDを搭載していたとしても、ほかの部品がボトルネックになって、HDDの転送速度が発揮できない場合がある。こうしたケースは、量産化にあたって部品の選定を見直すきっかけになりやすい。

 ここで、ほかの部品とうまく釣り合うワンランク下のHDDがあればいいが、HDDに限らず多くのハードウェアは、それほど小刻みに部品のバリエーションがあるわけではない。7200rpmのHDDを不採用にしたとして、これを5400rpmに換装すると遅すぎるという場合もある。しhかし、間をとって6500rpmなる回転数のモデルを買い付けましょう、といったことはできない。不釣り合いに性能の高い部品か、不釣り合いに性能の低い部品か、どちらかに合わせる必要を強いられるわけである。

 本来なら、「やっぱり性能の高い部品のままにしておきましょう」となるべきだが、コストなどの問題が絡んできて、最終的にはワンランク下の製品を採用してしまうことはよくある。結果として、プロトタイプではいい数値を出していた別な部分のパフォーマンスも引き下げてしまい、製品のトータルパフォーマンスが大幅に下落することにつながる。負の連鎖反応そのものだ。

 そもそも、PC周辺機器はスピード競争の世界なので、製品のプロトタイプを作る場合、ひとまず入手可能な部品の中で最高のパフォーマンスを発揮する部品を組み合わせる。この段階では、「どこまでパフォーマンスを上げることができるか」という評価試験を行い、その結果を見ながらパフォーマンスが過剰な部分を削っていく。結果として、性能的に突出した部分は、量産化の時点でどうしても削られる。

 もちろん、足を引っ張っていた性能の低い部品を高性能な部品に取り替えて、パフォーマンスを高いほうに合わせる選択肢もある。しかし、この場合は確実にコストが上がるうえ、こうした足を引っ張る部品は、搭載が必須であることが多い。部材を抱えている製造部門やグループ会社からの指示でどうしても組み込まなくてはいけなかったり、旧モデルで一括購入していまだに残っている部材を使い切らなくてはいけなかったり、といった理由だ。自社で技術を持っている会社ほど、こうした部品縛りに苦しむ傾向が強い。

安定供給できる部品を採用し、そうでない部品は切り捨てる

 量産化の時点で性能が低くなる理由のもう1つの理由は、どちらかという合理的な事情といえるケースだ。量産に着手しようとした時点で、プロトタイプに使われていた部品の生産が終了していたり、あるいは見込まれる出荷数から逆算して将来的に調達が困難になると推測される場合がある。自社生産でない、外注先から仕入れた汎用の部品を組み合わせて作られるPC周辺機器では、こうしたパターンがよく起こる。

 たとえ少数でも、作れるだけ作って売ればいいじゃん、と考えるかもしれないが、メーカーのWeb直販モデルならまだしも、全国の量販店に展開することが前提のモデルだと、性能よりも供給の安定性を重視せざるを得ない。量販店の棚の一角を占める以上、少数を生産して売り切り、また作って売り切る、という不安定な供給ではだめなのだ。

 また、部品の世代交代にまつわる問題も大きく影響する。プロトタイプの評価試験の期間があまりに長期化すると、使われている部品が途中で世代交代してしまい、量産化の時点で部品の製造が打ち切られている場合がある。これから製品を1年、2年と生産するにあたり、すでに終息しつつある部品を使うという選択肢は普通できないので(再生産を促すほどロット数が大きければ別だが、普通は起こりえない)、後継の部品に切り替えるが、これが、相性などもあって思わぬパフォーマンスの低下につながる場合がある。

 また、部品の生産そのものは引き続き行われているが、コストが上昇して採算に合わなくなったという場合もある。この業界、時間の経過とともに価格が下落する部品ばかりとは限らないのだ。

 このように、量産化にあたってはその時点での供給状況も見越して部品が最適化されるので、部品の供給や原価が安定する一方、性能も低く抑えられがちだ。某マンガのセリフで有名になった「ピーキーな」性能のまま量産化されたり、むしろ量産化で性能がアップすることは、ケースとしてはあまりない。採用した部品の組み合わせの妙でわずかながら高いパフォーマンスを発揮するパターンは皆無ではないだろうが、レアケースといっていいだろう。

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