写真を撮影する「フォトグラファー」に対して、映画の撮影監督を「シネマトグラファー」と呼んだりする。映画と動画は似たような意味だが、映画(Cinema)といった場合には、連続する写真で動きを表現した作品といった意味合いがある。さらに写真が時間軸ごとに変化していく様子そのものを作品表現とすることも多い。
映画撮影ではシネレンズという光学的な特性上、光の入れ方やフォーカスの変化で美しい風合いとなるレンズを使う。レンズ選びは映画表現の一部なのだ。例えばパンして光の具合が変化したり、フォーカスが被写体の間を移動したりすることでフォーカスが当たっている部分はもちろん、アウトフォーカスの部分の描写にも動きが出る。
そんな部分を意識しながら、シネマトグラファーは映像を生み出していくが、そんな映画の絵作りの世界を演算能力で楽しもうという試みが、iPhone 13世代のシネマティックモードだ。
技術的な基盤はポートレートモードで用いているレンズの光学特性シミュレーション。Appleは過去のさまざまなレンズ設計を参考に、ボケの美しい仮想のレンズを数値モデルにし、そのシミュレーションでポートレートモードのボケを作っている。
このため実際のレンズを通じて見たときのように描写が変化する。その変化を動きとともに記録することで「映画っぽさ」を楽しむのがシネマティックモードだ。
処理としてはかなり複雑なことをしているため、被写体と背景の分離がうまくできていない場合や距離の類推誤差が大きい場合などは、不自然になる場合もある。被写体のくりぬきはリアルタイムの動画で行っているせいか、ポートレートモードよりも大ざっぱだ。
しかし、実際にテストして見るとそうした細かなアラよりも、光の描写が美しいことを楽しめた。シェアした動画がスマートフォンで見られることが多いのであれば、そもそもこうしたクリエイティブな遊びができる方が、ひたすらに高精細を狙うよりも面白い。
動画であるため、ピントを合わせたい被写体は次々に変化することになるが、画面のライブビューには認識している被写体を「顔」「体」などの単位で表示してくれ、タップすることで切り替えることが可能。その際、静止画の場合とは異なり、ゆっくりとフォーカスが変化してくれる。
Appleのデモ映像にあるように、被写体を認識した上でフォーカスをどこに合わせるかを機械学習で自動的に行うが、もちろんタップすれば手動選択も可能だ。単にボケるだけではなくフォーカス位置が変化することによるボケ味の変化が動画上で楽しめるところがこの機能のキモの部分だ。
さらには後編集にも工夫が加えられている。ボケの大きさをF値で変えられるのはポートレートモードと同じだが、自動で行われた被写体の切り替え位置を手動で変更したり、任意のタイミングで別の被写体にフォーカスを動かしたりすることができる。
この機能を使うと会話でしゃべっている人が変化するタイミングでフォーカスを切り替えたり、あるいは別の物体に合わせたりといったことが、後から可能になるのだ。
他にもポートレートモードと同様に超広角カメラが利用できない、あるいは画素数は1080Pが最大でフレームレートは30fpsという制約はあるが、画面全体にレンズの光学特性をシミュレーションする演算処理が常に行われているため、大口径レンズを使っているかのような美しい映像を作り出せる。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.