最初にiPad AirとiPad Proで、プロセッサは同じでそこの区別はしなくていいと書いた。確かに搭載プロセッサそのものは同じだが、本当に性能の違いはないのか、性能テストを行った。すると、実際には差が少しだけあることが分かった。
Geekbenchというアプリによる検証だが、プロセッサのシングルコアの性能を測るテストではほぼ変わらなかったが、マルチコアのテストで2%程度、グラフィックスプロセッサに負荷をかけるMETALという技術を使ったテストでは10%ほどiPad Proが速かった。
そして、新たに登場した機械学習(AI的処理)の性能を測るGeekbench MLというアプリのテストでは、やはりiPad Proの方が10%ほど速かった。
iPad ProとiPad Airでは搭載しているプロセッサは同じだが、プロセッサが使用できるメモリがiPad Airが8GBなのに対して、iPad Proは約2倍の16GBという点が影響しているのかもしれない。もっとも最大でも10%ほどの性能差は、ほとんど誤差の範囲だ。体感できることはほとんどないだろう。
そもそもiPadは、1度に使うアプリは1つか2つまでで、プロセッサの遅さを感じさせにくい作りになっている。iPad Proを使うユーザーでも、M1以前のiPhoneと同じプロセッサでそれほど不満を感じていた人は多くないと思われる。
せっかくiPad Airを買ったところで、M1プロセッサの性能をフルに活用できる機会はそれほど多くはないはずだ。しかし、だからといってそれが無駄かと言えばそうではない。
ここへ来て、アドビのPhotoshopなどプロセッシングパワーを生かして高度な写真や映像加工を行うiPad用アプリが続々と登場している。iPadにプロセッシングパワー(処理能力)の余剰ができた分、それを活用しようとするアプリが今まさに充実し始めているところだ。
ここで注意したいのは、iPadではPCとは異なった形で余剰プロセッシングパワーの恩恵を受けることがあるということである。
PCではプロセッサ性能の良さを一番実感できるのは「時間のかかる処理の待ち時間が減る」という形だろう。
また負荷の高いアプリの利用中、PCの動作が全体的に重くなり操作しづらくなる現象があるが、これが減る、というのもなかなか実感しにくいが高性能プロセッサがもたらす恩恵と言える。
この2点に関してはiPadも同じなのだが、iPadシリーズに関してはプロセッサ性能の良し悪しを、もっと直接的に肉体的感覚として受け止められる可能性が大きい。
それはApple Pencilの描き心地のことだ。
iPadと言えば、多くのプロが絶賛するのが「本物のペンと変わらない」というApple Pencilの使い心地である。ペン入力に対応したスマートフォンやタブレットはたくさんあるが、いずれもペンで画面をタッチした後に筆跡が表示される感覚で、思ったような線が描けないものが多い。
そのような中で、Apple Pencilだけは本物と変わらない描き心地と賞賛するクリエイターは多い。それもそのはずで、Appleはこの自然な描き心地を最優先して、ハードウェアやOSの仕様などをあらゆるレベルで調整をしている(他社はそもそもOSを自社で作っていない場合が多く、それができない)。
その自然な描き心地も、ただペンで線を引くだけならこれまで通りでいいが、例えばPhotoshopでApple Pencilでなぞった箇所だけ写真の明暗を変えたり、ぼかしを強くしたりといった画像加工のためのツールとなると、どうしてもペンでなぞった後に画像処理の計算が入るので「自然な描き心地」の維持の難易度が上がる。しかし、M1プロセッサの処理能力の余剰が、そこを担保してくれるわけだ。
今回のM1採用で、そうした処理能力の余剰が主流製品のiPad Airにも与えられた。
これからはiPad Airでも、iPad Proで製作するプロのクリエイターたちと同じアプリを同じパフォーマンスで使えるようになる。頑張ればiPad Airでも、プロとほぼ同じ環境で音楽をレコーディングし、グラフィックスを製作し、写真を加工し、映像を編集できるようになる。
ではiPad AirとiPad Proの差はどういうところにあるのだろうか?
先ほどのプロセッサで使用できるメモリ量など細かな違いもあるが、大きな違いはディスプレイ、サウンド、カメラ回り、USB Type-Cといった5点が挙げられる。
iPad Proでは、ディスプレイが10.9インチのiPad Airより少し大きい11インチモデルと、1回り大きい12.9インチモデルの2種類が選べ、画面の輝度も少し高くなっている(iPad Airが500ニトでiPad Proは600ニト)。
さらに12.9インチモデルでは黒い部分がより暗く沈むミニLED(Liquid Retina XDRディスプレイ)を採用といった具合に、iPadの顔とも言えるディスプレイの性能が優れている。
サウンドもiPad Airがステレオスピーカー内蔵なのに対し、iPad Proは4基のスピーカーを内蔵して、縦向きに構えたときも横向きに構えたときでもステレオに聞こえるようになっている、
加えて、マイクもそのままボーカルやギターの音を録音して音楽を収録できるレベルの5つのスタジオ品質マイクを内蔵しているのに対して、iPad Airは十分に品質は高いがデュアルマイク仕様になっている。
カメラは1200万画素でF1.8の広角レンズという仕様は同じだが、iPad Proではそれに加えて、125度の視野角が撮れる超広角レンズやLiDARスキャナーと呼ばれる距離10mほどまでの空間を立体的に認識できるセンサーを装備する。暗い場所でのポートレート撮影などに活用できたり、部屋をそのまま3Dスキャンして3Dデータに変換してしまったりするアプリまである。iPad Airは、普通にきれいな写真を撮ることはできるが、超広角レンズやLiDARの恩恵は受けることはできない。
もっとも、iPad Airでも別売の外付けディスプレイやスピーカー、マイク、LiDARスキャナーを活用したり、デジタルカメラと接続したりすれば、これらの不足を補えなくもない。
しかし、ただ1つだけどうやっても補いようがないのが、それらの外部機器の接続に使うポートだ。iPad Airでは充電や外部機器の接続は最大転送速度が10GbpsのUSB 3.1 Gen 2(USB Type-C)という端子を使う。これに対してiPad Proは、同じUSB Type-Cのポートを備えながらも、最大40GbpsのThunderbolt/USB4のポートとしても利用できるのだ。
つまり、写真や動画などの取り込みが理論値ではあるが4倍速くなる。
撮影を行ってすぐにiPadに撮り込んでチェックをしているプロカメラマンなどは、この転送速度の差に大きな価値を感じるかもしれない。
少しでもコントラストの高いディスプレイで画像を確かめたり、少しでも良い音で確認/録音できることに価値を感じたりする人や、最新鋭の3Dスキャンを必要としている人、そしてちょっとでも画像の転送に時間がかかることが日々の仕事のストレスになるという人にはiPad Proがお勧めだ。
しかし、世の中のほとんどの人は、iPad Airの性能でも十分と感じるはずだ。iPad AirのUSB Type-Cの性能も決して遅いわけではなく、外部ディスプレイの接続ではiPad Proと同様に6K解像度のディスプレイに60Hz(つまり毎秒60フレーム)の表示も行える。
M1プロセッサの搭載で、今、iPad Airの製品としての価値と魅力は、これまで以上に高くなった。これまで10インチクラスのiPadを買おうと思って悩んでいた人や、今使っているiPadが少し古くなってしまった人は、今回のiPad Airが買い替え時のタイミングを与えてくれているのかもしれない。
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