ひと言で「衛星通信」といっても、通信に使う人工衛星の軌道高度や位置によってカバーできるエリアの広さは大きく異なる。一般的に、高い軌道を飛ぶ人工衛星は1基で広いエリアをカバーできるが、その代わりに通信の遅延(レイテンシー)が大きくなり、通信速度も低くなる。逆に、低い軌道を飛ぶ人工衛星は、カバーできるエリアが狭い一方で、通信の遅延を小さくしやすく、通信速度も高めやすい。
衛星通信で広いエリアをカバーするには、人工衛星を複数台用意しなければならない。その分、運用コストもかさむ。低軌道衛星は調達や維持に掛かる費用を抑えやすいというメリットがあるものの、エリアカバーを広げようとするとたくさんの衛星を打ち上げなければならない。
そんなこともあり、人工衛星を使った通信サービスは通常、事業の開始段階ではサービスエリアを極端に絞り込む傾向にある。もっといえば、コスト重視の場合は始めから特定エリアに特化してサービスを展開するということもありうる。
先述の通り、AppleのiPhone 14/14 Proでは、米国とカナダを含む6カ国で衛星経由の緊急通報サービスを利用できる。このサービスでは、米国の低軌道衛星通信事業者「Globalstar(グローバルスター)」の衛星が利用されている。
Globalstarは日本法人として「Globalstar Japan」を設けており、国内でも衛星電話や衛星通信サービスを提供している。2019年に石川県で開催された山岳アドベンチャーレース「白山ジオトレイル」において、同社は衛星通信対応メッセンジャー兼GPSトラッカー「SPOT Gen 3」を参加者の安全確認と緊急時の連絡手段として提供しているので、日本周辺でもGlobalstarの衛星通信が利用できることは実証済みだ。
SPOT Gen 3には緊急通報用の「SOSボタン」を備えているが、これを衛星通信の圏内で押すと、国際緊急対応連携センター「IERCC(International Emergency Response Coordination Center)」に対して救援を要請できるようになっている
日本は非対応とされたこともあってか、iPhone 14/14 Proにおける衛星を使った緊急通報機能は思ったほどには大きな注目を集めていないように思える。しかし、救援活動に対応できる専門組織にワンアクションでアクセスできることは、地味ながらもとても重要な機能である。
日本の場合、遭難した場所と状況によって救難にあたる組織が異なり、緊急時の連絡先も(相互の連携体制があるとはいえ)組織ごとに分かれている。例え通報先が民間組織(IERCC)であったとしても、遭難時に救助要請を“一元的に”行ってくれる組織に真っ先にアクセスできるということは、一刻を争う人命救助の成功率を高める上で非常に重要なことである。
AppleとGlobalstarとの間で、運用体制やルールについてどのような取り決めを行っているのかは不明だが、Globalstarの仕組みをそのまま使うという前提に立つと、iPhone 14/14 Proの衛星緊急通報機能は“理論的には”日本でも使えるはずである。利用できないのは、何らかの事情があるのかもしれない。
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