Appleが「健康データ」のプライバシー保護にこだわる真の理由独占インタビュー!(2/3 ページ)

» 2023年05月25日 19時00分 公開
[林信行ITmedia]

4つの設計原則でプライバシーを保護

 では、Appleはプライバシー保護のために、どのような戦略的製品デザインを行っているのか。健康データの流出が今、大問題となっている日本で参考にしたいと聞いたところ、スキナー氏が答えてくれた。

Appleのプライバシーエンジニアリングの責任者であるケイティ・スキナー(Katie Skinner)氏 Appleのプライバシーエンジニアリングの責任者であるケイティ・スキナー(Katie Skinner)氏

 「Appleではプライバシーは基本的人権だと考えており、だからこそ全ての製品は最初からプライバシー保護を念頭に設計されています」という。

 「開発し終えた製品に、取って付けたようにプライバシー保護の機能をくっつけても、うまくはいかないと私たちは熟知しています。当社提供のヘルスケアというアプリや基盤技術のHealthKitを開発する際、他のアプリ同様に当社で重視しているプライバシー保護の4原則に従って製品を設計しました」とスキナー氏は語る。

 Appleプライバシー保護デザインの4原則は次の通りだ。

1.データの最小化:役割を果たすのに必要なデータのみを収集/保存する

2.デバイス内で処理:健康データを何でもクラウドに転送して処理するのではなく、可能な限り指紋認証や顔認証などで保護し、ユーザー以外はアクセスすることができないiPhoneなどの機器内にとどめるべく、データの処理もできるだけ機器内で行う

3.透明性とユーザー自身による管理:どのようなデータが保持され、誰に共有されているかを把握しやすくし、どこまでのデータの共有を許すか、どこからは共有しないかをユーザーが自分で判断して管理できるようにする

4.セキュリティ:大事な健康データが漏えいしないように強固なセキュリティを用意する。iPhoneやApple Watch上のデータは暗号化して保管されている。誰かに共有する場合も、指紋や顔認証で確認ができた本人しかデータの共有操作ができず、受け取る側も本人確認ができた場合のみ暗号を解除してデータを見ることができる

 つまり、iPhoneやApple Watchで収集/保管されている健康データは、ユーザーが許可していない他の企業のアプリはもちろん、Apple自身ものぞくことができない。

 まるでスイスにある銀行の個人用貸金庫に預けた物のように、厳重かつ大事に保管される健康データ。これを作るのは、入社倍率が極めて高く、世界中の英知が集まる世界トップ企業のAppleだ。そこの優秀なエンジニアが開発した強固なセキュリティ技術と、優秀なデザイナーの手による間違いの起きない設計である(そもそもデータを集め過ぎない姿勢も含めて優れたデザインといえよう)。

 これなら最近の事件で、デジタル機器に個人情報を預けることにすっかり不安を抱いてしまった人も、少しは安心ができるのではなかろうか。

人々がより健康に過ごす社会のために

 では、そうやってiPhoneやApple Watchを信頼して健康データを預けられるようになると、どんな良いことがあるのだろうか。残念ながら、まだ日本では健康データの良い活用事例はあまり耳にしない。

 「米国でも同様です。残念ながら、健康データの活用に触れるような医学の教育は、まだほとんど広がっていません。ただ新しい世代の医師は、テクノロジーをよりよく統合することの可能性を理解し始めています。今日の医療は米国の医療も含め、人が病気を自覚して病院に来てから始めるという形になっています。これに対して、Apple WatchやiPhoneのようなデバイスは、発病前に病気の兆候を発見し、予防する方向に医療を進歩させると思っています」とスキナー氏は解説する。

 こういった進歩を実現する上で、重要なのが健康データだという。

 「日常の健康状態を把握し、Apple Watchに搭載されているセンサーのようなものから得られる重要な知見を得ることが、こうした進歩を促すと思います。だから、私たちは製品のユーザーが、こうしたデータを日常的に記録できるようにしているところです。こうしたデータを科学的根拠に基づく実用的な洞察を加えてユーザーに提示し、健康状態に重要な変化があった場合、それが重大な問題になる可能性を伝え、医師への相談を促すのです」とスキナー氏は説く。

 現在、このアプローチで確実に実績を出しているのが心臓関係のデータだ。実際、Apple Watchに搭載されている不規則なリズムの通知、ECG(心電図)アプリ、そして心房細動を調べて通知する機能は、これまで世界中の多くの人々の命を救っており、Appleの元には毎年これらの機能で命拾いをした人やその家族から膨大な数の感謝の手紙が届いている。

 チャン博士曰く「既に活動量や睡眠に関する機能で集めたデータも、一部の医療現場で活用され始めています」という。

 「これは私個人の見立てですが、これからは統計に基づいた汎用(はんよう)的な医療から、より個々人の状況に寄りそったパーソナライズド・ヘルス(個別化された健康)へのシフトが起きていくのではないかと思っています。従来、研究で行われてきたのは、集団を対象にした大規模な研究で、一般的にはこうすべきという答えを探すものでした。しかし、私たち全員が全く同じものを食べたり、全く同じ量の運動をしたりすることは実際には無理です。パーソナライズド・ヘルスが実現すれば、集団全体に対する時とは異なる、より的確な健康への提案ができるようになると思います」と語る。

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