―― この経験はどのようなところに生きましたか。
中岡 全米を回って他社にはどんな製品があるのか、どこで、誰が、どんな使い方をしているのかということが肌で理解できていたので、当社の製品の実力値には、強い確信を持つことができましたし、どこに可能性があるのかということも分かりました。この経験はさまざまな場面で生きました。
ちょうどそのころ、米国国防総省が大口案件の入札を検討していることを耳にしました。これは大きなチャンスだとは思ったのですが、アイコムが入札に参加するには2つのハードルがありました。1つは国防に関する案件ですから、米国以外の無線メーカーとは取引した実績がないという点です。しかし、この点については、米国メーカーの製品も、生産はマレーシアなどで行っていることを指摘したり、日本製の製品に対する印象の良さが追い風になったりしたことで解決しました。
もう1つは、米国防総省の入札に参加するには、製品の耐久性を示すために同省が定めたMIL規格をクリアする必要があるという点です。当時のアイコムには、MIL規格をクリアした製品はありませんでした。というのも、エンジニアにとっては、MIL規格のために製品作りをしているのではないという自負があり、試験を受けることをしていなかったのです。
品質は確かですから、この規格をクリアする自信はありました。しかし、当社のエンジニアは、革新的なことに挑戦する一方で、スペックに対しては非常に慎重な姿勢をみせます。仮に、MIL規格に対応するとなった場合には、規格を読み込んで、それを理解して設計し、試作機を作り、テストをし、それから量産するという手順を踏むため、製品化までにどうしても2年はかかってしまうのです。
それでは入札が終わってしまいます。そこで、日本から輸入した無線機をオレゴン州にある第三者機関のテストラボに独断で持ち込み、テストをしてもらいました。勝手に試験をしたということがバレたら、本社のエンジニアから怒られるのは確かでしたから、しばらくは黙っていましたよ(笑)。結果は予想通りに、MIL規格をクリアしました。そこで、ちょうど本社から出向していたエンジニアがいたため、営業が勝手にやったのではなく、エンジニアも一緒になってやったということで報告したところ、勝手にテストしたことについては、ほとんどおとがめはありませんでした(笑)。
この2つのハードルを超えることができ、入札に参加できる環境が整いました。
そのときの米国防総省の担当官の一人がアマチュア無線家であり、「アマチュア無線機ならば、業務用無線機の5分の1程度の程度で購入できる」ということに気がついていたこともプラスに働きました。
アマチュア無線の雑誌に掲載したアイコムの広告には、無線機がMIL規格をクリアしたことを示していたのですが、この広告を見ていただけでなく、事前に独自テストをしていたようです。
こうした結果、アイコムの無線機が米国防総省に採用されることが決まりました。約50億円の大型プロジェクトで、米国防総省としては、初めての海外メーカーからの製品調達となり、当時は大きな話題となりました。米国防総省の担当官からは、「価格が5分の1になったことで、5倍の人数に配備でき、無線を持たずに亡くなる兵士や職員を減らすことができる」と言われたことを覚えています。
そして、この案件をきっかけに、アマチュア無線機のアイコムから、総合無線機器メーカーのアイコムへと変わり、業務用無線の分野でもポジションを築くことができました。米国以外にも各国政府への導入や国際連合への導入に加え、日本でも防衛省や総務省を始め、220以上の自治体で導入されています。
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