繰り返しだが、Wi-Fi 6とWi-Fi 6Eの違いは「6GHz帯に対応しているかどうか」だけ。Wi-Fi 6E対応のルーターや各種デバイスは、従来通り2.4GHz帯や5GHz帯でも通信できるので、わざわざ買い換えたり買い増したりする必要もないように思える。しかし、6GHz帯に対応していること自体が大きなメリットとなっている。
無線LANでは、複数の機器が同時に通信を行えるように、一定の周波数帯をいくつかの「チャンネル」に分けて利用している。無線LANが遅かったり安定しかったりする場合に、「他のチャンネルに切り替えてみよう」といったアドバイスを見聞きしたことがある人も多いはずだ。
理論上、同じ規格の無線LANは、通信に使う周波数帯域を広く取るほど通信速度が向上する。このため、1チャンネルでどのくらいの周波数幅を確保できるのかが、通信パフォーマンスを左右する。
IEEE802.11ax規格の場合は20MHzを1単位として、1チャンネルの帯域幅を最大で160MHzまで広げられる。最大スペック時(1チャンネル160MHz/8ストリーム構成)の理論上の最高通信速度は9.6Gbpsと非常に高速である。
とはいえ、どこの国でも160MHz幅の連続した帯域を確保するのは、実際のところ難しい傾向にある(だからこそ、Wi-Fi 7では離れた周波数帯を束ねて通信する「マルチリンクアグリゲーション(MLO)」という技術が導入される)。
無線LANで使用される周波数帯は国によって若干の差異があるため日本に限って話をすると、まず2.4GHz帯は2400〜2483.5MHzしかないので、160MHz幅の確保は“夢のまた夢”である。
次に、5GHz帯は、歴史的経緯から「W52」と呼ばれる5.2GHz帯(5150〜5250MHz)、「W53」と呼ばれる5.3GHz帯(5250〜5350MHz)、そして「W56」と呼ばれる5.6GHz帯(5470〜5730MHz)の3つに分かれている。160MHz幅のチャンネルは、W52とW53を束ねて1つ、W56で1つの計2チャンネルを確保できる。しかし、詳しくは後述するが、どちらのチャンネルも外的要因で快適に通信を行えない恐れがある。
それに対して、6GHz帯は現時点で5925〜6425MHzの500MHz幅があり、160MHz幅のチャンネルを3つ確保できる。その上、この帯域は無線LAN以外の用途ではほとんど使われていないので、5GHz帯のような外的要因による品質低下リスクをグッと抑えられる。
「隣の家も同時にWi-Fi 6Eを導入したら、スループット(実効通信速度)が落ちるのでは?」と思うかもしれないが、6GHzの電波は2.4GHz帯や5GHz帯よりも届きづらい。現状のWi-Fi 6Eの普及率も合わせて鑑みると、隣家がスループットを低下させる可能性は無視できるレベルで低いはずだ。
2.4GHz帯の電波は、他用途の無線との重複に加えて、電子レンジの発する電波やBluetoothなど家庭内の無線機器とも干渉しやすい。自宅で電子レンジを使ったら、無線LANのスループットが急激に低下した――そんな経験をした人も少なくないはずだ。
それと比べると、5GHz帯は家庭内における干渉には強い……のだが、一定の条件を満たすと通信が1分程度途切れてしまうことがある。
5GHz帯のうち、W53帯域は気象レーダーと、W56帯域は船舶/航空レーダーと“共用”される。当然ながら、どちらのレーダーも社会的に非常に重要なもので、無線LANと比べると優先度は高い。
そこで総務省は、国内で販売(利用)されるW53/W56対応の無線LANルーターに対して「DFS(Dynamic Frequency Selection:動的周波数選択)」という機能の搭載を法的に義務付けている。DFS対応無線LANルーターは、レーダー波を検知するとW53/W56を使った通信を強制的に遮断して、レーダー波と干渉しない別のチャンネル(帯域)に切り替えるようになっている。
「チャンネルの切り替えだけなら、すぐ終わるのでは?」と思うかもしれない。しかし、電波法では、切り替え先のチャンネルに干渉がないかどうかを確かめる時間(60秒)を確保する義務も定められている。そのため、DFSが作動すると、60秒ほど5GHz帯を使った通信ができなくなる。
5GHz帯は障害物や遮蔽(しゃへい)物に弱いとされるため、屋内で使われるケースが多い。そもそも、レーダー波との干渉を避けるために、W53の屋外利用は禁止されているし、W52も屋外で利用する際にやや厳しい条件が課される(W56は上空でなければ屋外利用可)。
普通に屋内で使う限り、DFSが作動することはめったにない。作動するとしたら、ルーターの電源投入時または再起動時くらいだろう。しかし、近くにレーダー施設(気象観測所や空港)がある家では、屋内でもDFSが頻繁に作動する事象も確認されている。
「ならW52に収まるチャンネルに固定して使えばいい」と思うかもしれないが、そうすると160MHz幅を確保できない。
日本においてWi-Fi 6Eで利用できる6GHz帯は、電気通信用途(中継伝送や、固定衛星の上り通信)と共用することになる。共用に当たっては「標準電力(SP)モード」の利用を禁止した上で、屋内限定の「屋内低電力(LPI)モード」あるいは、屋外でも干渉を考慮しなくて済む「VLP(超低電力)モード」で通信すれば問題ないとされ、DFSのように“強烈な”干渉対策は行われていない。つまり、DFSのような通信途絶を気にせず、160MHz幅の通信を行えることになる。
最近は、住宅密集地や集合住宅において近隣の5GHz帯の無線LANが干渉し、スループットが低下するという事象も耳にするようになってきた。先述の通り、6GHz帯の電波は160MHz幅で3チャンネルを確保できる上、5GHz帯よりもさらに電波の届きが弱いため、近隣からの電波干渉は事実上問題にならないと思われる。
スループットを重視するなら、Wi-Fi 6E対応のルーターやデバイスを買いそろえて、6GHz帯のネットワークを構築することには大きなメリットがある。
ただ、6GHz帯の利用には少なからずデメリットもある。
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