石黒教授は続けて、長年取り組んできたアバターを使って社会課題を解決しようとする試みについて語った。
私は長年、アバターを通じて社会課題を解決しようと取り組んできた。特に自閉症の子どもたちにとって、アバターは非常に有効なコミュニケーション支援ツールとなっている。人と話すのが苦手な子どもでも、アバターであれば自然に会話ができ、アバターを通じて他者と関わる経験ができる。自閉症の子どもたちが通う翔和学園(東京都中野区)では、アンドロイド型からぬいぐるみ型までさまざまなアバターを使って面接練習や生活指導を行っており、子どもたちの社会参加を支援している。
同じように、精神疾患を持つ人にもアバターの活用は効果を上げている。長崎のある精神科病院では、入院患者が私のパビリオン入口のアバターを遠隔操作し、来場者にあいさつを行っている。それだけの行為でも「社会の一員としての役割を果たしている」という実感を得ることができ、症状の改善に寄与している。同様の仕組みは高齢者向けにも提供しており、体が不自由でも、自宅からアバターを通じて社会とつながることができる。
最初はボタンで操作していた方も、慣れてくると「対話ボタン」を押して自分の言葉で案内できるようになっている。
自身が創業し社長を務めるAVITAは、このような技術を社会に実装するために立ち上げたのだという。
こうした技術の社会実装を目指し、私は4年前にAVITAという会社を立ち上げた。これまで大阪大学やATR(国際電気通信基礎技術研究所)で蓄積してきた特許を元に、ロボットを作らずCGキャラクターによるアバターに特化する戦略をとった。
理由は明確で、ロボットはコストや保守の面でハードルが高く、「Pepper」のように注目を浴びても継続利用には至らないケースが多い。CGアバターであれば、スマートフォンやPCなど、既に誰もが持っている端末で即座にサービスを展開できる。その後、必要に応じてロボットへの置き換えも視野に入れている。
私たちが提供しているCGアバターは、アニメキャラクターのような親しみやすいデザインで、相手に心理的な負担を与えにくい。技術的にはリアルな人間型CGも可能だが、相手の表情や感情を読み取る負担が増え、かえって会話がしづらくなる。アニメ風アバターなら、自然体で気軽に話せる。
さらに、アバターは「働き方」にもプラスに働くという。
また、(アバターを活用すれば)通勤の必要がなくなり、自宅からすぐに働けるため、生産性の向上にも寄与する。東京のように長時間通勤が当たり前の都市では、アバター勤務によって移動時間をまるごと労働時間に変換できる可能性がある。
このような働き方を支えるために、AVITAではパソナと連携してアバターの中で働く人材のネットワークや派遣の仕組みを整備しており、兵庫県の淡路島に「淡路アバターセンター」を設けた。ここでは、地方在住者が全国の企業受付や接客を遠隔で担当している。受付業務も、1人の操作者が複数の会社を兼任することで効率化が進んでいる。短時間のスポット勤務も可能なため、育児や介護をしながら働きたい人にとって大きな機会となる。実際、コンビニなどでの活用も進んでおり、保険市場ではアバターを使った販売員が最も高い売上を記録している。
新人オペレーターにとっても、アバターは心強い存在だ。対面だと緊張してうまく対応できない人も、アバターを通すことで安心して応対できる。AIの補助によって自然な表情や視線も再現されるため、接客品質はむしろ向上する。ローソンではアバター接客を導入した店舗もあり、店員不足解消にもつながっている。初めての試みにもかかわらず、全国から300人以上の応募が集まり、車椅子利用者をはじめ多様な人々が、新しい働き方に可能性を見出してくれた。
今後、AVITAは海外進出を視野に入れつつ、アバターの社会実装を一層進めていく方針だ。
今後は海外展開にも力を入れていく予定だ。例えばブラジルの日本人コミュニティーが、日本の深夜時間帯にアバターを通じてコンビニエンスストアの対応業務を行うことで、時差を活用した効率的な24時間営業が可能になる。インターネットが情報や通貨の国境を越えたように、国境を越えた就労環境を構築することで、“労働の境界線”も消えていく。
さらに、AVITAではAIによる営業トレーニングの仕組みも開発している。接客前に仮想の顧客との応対を繰り返し、言いよどみや(言葉の)抜け落ちをチェックすることで、笑顔や目線の適切さまで評価するシステムだ。優しい顧客から厳しいクレーマーまで、多様なシナリオをシミュレートでき、合格点を取った者だけが本番の接客に臨める。このAIトレーニングを受けた新人が、数年経験を積んだ社員と同等以上の成果を出すケースも出てきており、若い世代にとってアバターやゲーム感覚でのトレーニングは親和性が高い。営業は大学で教わる機会が少なく、企業が独自に育成しなければならない分野だ。そこにAIとアバターが入り込むことで、教育の効率化と品質向上が可能となる。人間が教えるべき部分をAIに任せ、限られた労働力をより創造的な仕事に振り向けることで、人口減少社会でも持続可能な働き方が実現できると私は考えている。
私にとってアバターは、技術だけでなく文化や社会構造に深く関わる未来のインフラだ。高齢者、障害者、子育て世代、地方在住者――あらゆる人々が活躍できる社会を作るために、アバターの力を最大限に生かしていきたい。これは単なる効率化の話ではなく、人と社会の新しいつながり方の提案であり、私はこの可能性を日本から世界へと広げていくつもりだ。
「人間型ロボット」「アバター」がAIと出会うと何が起こるのか? 大阪・関西万博「いのちの未来」プロデューサーが語る“アバターと未来社会”
Next GIGAの学習用/職員用端末を使うには環境整備も大事! 「NEW EDUCATION EXPO 2025」で見かけた周辺機器やソリューションをチェック
累計来場者数1000万人を突破した大阪・関西万博の「Mirai Meeting」で感じた驚き 実は会場の内外で触れていた日立製作所のテクノロジー
Z世代はオンラインと現実社会の人格ギャップに悩んでいる? レノボが「デジタルウェルネスキャンペーン」を展開する理由
「ノモの国」でパナソニックグループが次世代の子どもにアピールした理由 「大阪・関西万博」のパビリオン訪問記Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.