すべてが同じiOSであり、同じチップセット系列で動いている環境の中においてiCloudが目指したのは、端末間のつなぎ目を意識することのないコンテンツの操作感による、分かりやすく快適なモバイルクラウドのエンターテイメント経験だった。
これは、それぞれの端末を複雑に連携させ、相互接続させることが困難だったそれまでのソリューションとは、画期的に違っていた。
アップルとしては、端末の相互連携と共通化された操作感、ユーザーインタフェースをユーザーが経験することで、ユーザーがこうしたモバイルクラウドのサービスをどんどん使いたいという意向を強くすることを誘発し、2台目、3台目のiOS端末を購入する動機につながる、したたかなビジネス戦略といえるだろう。
著者はこのことを「ユーザーインタフェースでロックイン(客の囲い込み)する」、あるいは「モバイルクラウド環境でユーザーをロックインする」などと表現している。
このように、アップルというメジャー企業が一般消費者向けにiCloudというサービスを提供したので、今後はビジネスにおいても同様のサービスが提供される可能性が極めて高くなってきた。
iCloudが発表された当日に著者はテレビ取材で象徴的な質問を受けた。「クラウドとはビジネス領域の取り組みだったと解釈していたが、コンシューマの領域でのクラウドとはどのようなものか」というものだ。当時の個人向けクラウドに対する解釈にマスコミも困っていたのだ。
Gmail、YouTube、Evernoteをはじめ、多くのクラウドはコンシューマ向けが先行していたわけだが、これらのサービスを使っていてもクラウドを使っている意識がなかった。すなわち説明の都合上、例示できるような「クラウド」と名前の付いた分かりやすいビジネスモデルが、iCloud以前にはコンシューマ領域にはなかったのである。
このように、このコンシューマ領域でのiCloudは、ビジネスにおいても、このような連携モデルを構築すればよいのだ、というリファレンスモデルとして活用されるようになってきた。
これにより、それまで著者が説明に苦慮していたモバイルクラウドは一気にキーワードとして広く知られる“メジャーな存在”に駆け上がっていったのである。
松下電工(現・パナソニック電工)にて通信機器の開発・商品企画に携わり、朝日Arthur Andersen(現・PwC)に転職、5年半さまざまな企業へのコンサルティングサービスを提供。現在はデロイトトーマツコンサルティングに移籍し、TMT(Technology Media Telecom)インダストリユニットに所属している。
通信、メディア、ハイテク業界を中心に、商品企画やマーケティング戦略、新規事業戦略、バリューチェーン再編などのプロジェクトを多数手掛けている。
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