ノマドワーキングのさらに先へ――新生ビットバレー流は“Coworking”脱ガンジガラメの働き方

「ノマドワーキング」が最近話題だが、移動先で個別に仕事する人ばかりではない。移動しながらチームで作業するような働き方もあるのではないか。そんなCoworkingができるJELLY JELLY CAFEに注目した。

» 2011年09月16日 11時00分 公開
[まつもとあつしBusiness Media 誠]

 IT系のニュースに親しんだ読者であれば「ノマドワーキング」は、もうすっかり耳に馴染んだ言葉だろう。物理的に固定したオフィスに縛られず、ノートPCや高速無線通信を活用し、自宅や移動しながら仕事をこなすこのスタイルは、フリーランスや営業職などの間ですっかり当たり前のものになったといえる。

 しかし「ノマド=遊牧民」という言葉にはよく言えば「孤高」悪くいえば「孤独」というイメージもつきまとう。そもそも限られた牧草地を皆でうまく共有するために、それぞれのノマドはある程度の距離を保って、移動し放牧を行うものだ。筆者のように執筆の仕事であればそれでもよいかもしれないが、Webサービスをチームで作り上げる場合など、ノマドではうまくいかない例もあるだろう。

 スターバックスのような喫茶店を自宅と職場の中間に位置するサードプレイスと呼んだりもするが、電源があり、飲食ができて、周囲を気にすることなく打ち合わせも行える、共同作業に適したスペースはなかなか存在しなかったのではないだろうか?

 そんな要請に応える場所がいま各地に生まれつつある。その1つ、渋谷のJELLY JELLY CAFEを紹介しよう。

東急文化会館跡地に「渋谷ヒカリエ」の建設が進むなど、ビットバレー第2幕を迎える渋谷。JELLY JELLY CAFEはその対角線上にあるNHK、東急ハンズそばの少し奥まった場所にある

オフィスを引き払ってCoworkingスペースに一本化

 4年前にWeb制作会社のピチカートデザインを立ち上げ、今回渋谷東急ハンズ近くにCoworkingスペース「JELLY JELLY CAFE」を出店した白坂翔(しらさか しょう)氏。起業する前は、防衛大学校に通い、退学後数年間はホストクラブでアルバイトをして資金を作ったという異色の経歴の持ち主だ。

JELLY JELLY CAFEオーナーの白坂氏。防衛大学校では情報工学を学びWebやそれをベースにした働き方に関心を持っていた

 もともとは、一般的な小規模の会社同様、白坂氏含め3人のスタッフがマンションの一室で仕事を行っていたが、あるとき下北沢の「オープンソースCafe」を訪れたことが刺激となり、元のオフィスを引き払って、カフェ兼オフィスのJELLY JELLY CAFEをオープンしたという。つまり、社員やスタッフのためのスペースと、カフェ店舗を1カ所にしたというわけだ。

 「オープンソースCafeなどが目指しているのは、それぞれに仕事を持つ人たちが1カ所に集まり、お互いにコミュニケーションをし、刺激を受けながら働くこと。このコンセプトが本当に魅力的でした」と白坂氏。手狭になってきたオフィスの移転を考えている際、Coworkingという考えに感化され、物件探しの方針を180度転換した。

カフェ店内。さまざまなスタイルの家具が集う空間。コミュニケーションしやすいよう配置は頻繁に変わるという。この場所で白坂氏はじめスタッフも日常業務を行う。プロジェクターも用意しているので、ちょっとしたイベントスペースとしての利用も可能だ
室内のあちこちに電源タップを用意。壁から取らなくてよいので電源の確保も楽だ。無線LANも無料で利用できる(カフェ自体の利用料は2時間500円もしくは10時〜18時までの利用で1000円。ソフトドリンク飲み放題込み)

 当然「オフィススペースに外部のお客さんが入ってくると、作業の効率が落ちてしまうのではないか?」という疑問は出てくるだろう。だが、白坂氏はじめピチカートデザインのスタッフは、接客などの作業が生じてしまうことは認めつつも、それよりもCoworkingによって得られるメリットを強調する。

 「外注を使わずに、3人で無理のない範囲で仕事を完結しているということもありますが、あまりそこには心配はありません。今年5月ごろから六本木の知り合いのバーを週1回借りて、このスタイルでうまく行くかを試すことができた、というのも大きかったですね」と白坂氏。カフェとしての売り上げにもさほど拘らず、Coworkingで進めるWeb制作事業との両輪で運営できれば構わないという。今後はこのスペースを利用してのさまざまなイベントも企画しているそうだ。

ピチカートデザインでWebデザイン業務を担当する菅原美沙穂さん。オフィスがカフェになる、ということで最初は驚いたそうだが、今では毎日座る場所を変えたり、好きなスィーツをつまみながらの仕事を楽しんでいる。お客も好きな食べ物を持ち込んでOK

 写真キャプションで紹介しているように、無線LAN、電源使い放題、フード持ち込み自由、時間内は出入り自由、その間、荷物も預かってくれる(ただし貴重品は除く)など、ノマドワーカーにとってもかなり魅力的な空間だ。

 「日中、街中の喫茶店で仕事をしている人たちも、実はかなり近い仕事をしていたりします。隣の席に座る人が抱える課題を自分が解決できる、と分かっていても、そもそも声を掛けるのがはばかられる、それってすごくもったいないと思いませんか?」と白坂氏。

 そこに集う人々からコラボレーションが生まれれば、巡り巡って空間を提供する側のビジネスにも結局プラスになるというのが、白坂氏の考えるCoworkingの面白さと言えるだろう。

白坂氏は84年生まれ向けWebマガジン「84ism」の編集長でもある。屋形船イベントなどさまざまな企画を行ってきたが、JELLY JELLY CAFEでも「ノマドワーカーのお尻を守れ」と銘打って、お店にウォシュレットを導入する資金を募った。その結果、5日間で目標額の20万円を達成。今後もいろいろな仕掛けが生まれてきそうだ

「こんにちは」ではじまり「おじゃましました」で終わる空間

 JELLY JELLY CAFEで時間を過ごしていて、気がついたことがある。来店するお客は「こんにちは」と自然とあいさつをしながらやってきて、帰るときは「おじゃましました」と言いながら退店する人が多いのだ。白坂氏は「コミュニケーションがなければCoworkingじゃない」と強調したが、ここが単なるカフェではないことがこういうところにもよく現れていると感じた。

18時〜24時はバー営業となる。ドリンクはALL500円(ソフトドリンクは300円)。軽食も用意しているが、ランチ同様食事の持ち込みも可。写真は店長としてカウンターに入る白坂氏の妹さんだ
オーナーの趣味の1つということで、店内でボードゲームを遊ぶこともできる

 筆者も取材後足を運んで、この記事の仕掛かり作業を行ったりしているが、会社とはもちろん違うし、図書館や通常のカフェとも異なる独特の空気感が心地よい。正直この記事で来客が増えてしまうことを心配しているくらいだ。震災後働き方が変化していることを他の記事でも取り上げているが、こういったスペースの需要はますます増えていくだろう。フリーランサーの1人としてもCoworkingの動きが拡がっていくことに期待したい。

脱ガンジガラメの働き方

著者紹介:まつもとあつし

 ジャーナリスト・プロデューサー。ASCII.jpにて「メディア維新を行く」ダ・ヴィンチ電子部にて「電子書籍最前線」連載中。著書に『スマートデバイスが生む商機』(インプレスジャパン)『生き残るメディア死ぬメディア』(アスキー新書)など。取材・執筆と並行して東京大学大学院博士課程でコンテンツやメディアの学際研究を進めている。DCM(デジタルコンテンツマネジメント)修士。9月28日にスマートフォンやタブレット、Evernoteなどのクラウドサービスを使った読書法についての書籍『スマート読書入門』も発売。


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