PHSが“メガ”を超える日──ウィルコム 近氏に聞く「W-OAM typeG」の高速化

» 2008年09月03日 21時25分 公開
[石川温,ITmedia]

 2009年に次世代PHS「WILLCOM CORE」のサービス開始を予定しているウィルコム。しかし、5月に開催された「WILLCOM FORUM & EXPO 2008」では、現行のW-OAM規格を進化させて、さらに通信速度を高速化する技術的な目処が立っていることを明らかにした。

 現在ウィルコムは、「W-OAM typeG」として、約800kbpsでの通信が可能な8xパケット方式の通信サービスを提供しているが、それをさらに多重化させ、通信速度を約1.6Mbpsに引き上げる「W-OAM typeG 16x」(仮称)という規格も実現できるという。また、現状では4xパケット方式での通信が最速となっているW-SIMで、上りと下りの通信速度を非対称にして、上りの回線を絞って下りにより多くのリソースを割り当て、下りを800kbpsに高速化する「W-OAM typeAG 8x」(仮称)、さらにそのW-OAM typeAG 8xを4つ組み合わせ、下り最大3.2Mbpsでの通信を可能にする「W-OAM typeAG 32x」(仮称)なども考え得るとしている。

 ウィルコムは、どのような背景から現行PHSの高速化を検討しているのか。ウィルコム 取締役 執行役員副社長の近義起氏に真相を聞いた。

Photo ウィルコム 取締役 執行役員副社長の近義起氏

いくらでも高速化は可能──問題は消費電力

 「現行のPHSは、チャンネルを束ねていけば、いくらでも高速化できます」

 インタビューの冒頭、近氏はPHSの高速化をこう説明した。すでに2007年末から2008年初頭に技術的な裏付けも取れており、あとは実行に移せばさほど苦労することなく通信速度を上げることができるという。

 ただ、この高速化技術を商用サービスとして提供するには2つの大きな課題がある。

 「いくらでも高速化は可能ですが、問題は端末のサイズとバッテリーの容量です。サイズについては、チップ類が年々小さくなっていくのでいずれ解決できると思いますが、最終的に消費電力がとても大きな問題になってきます」(近氏)

 高速な通信を行うためには、大きな電力が必要になる。モバイル環境で使うデバイスの場合、限りあるバッテリー容量を有効利用する必要があり、消費電力は極力抑えなくてはならない。

 「チャンネルを束ねて多重化すれば、消費電力が今より増えることは間違いありません。ただ、現状でもPCMCIAカードとして製品化できるくらいの消費電力に抑えられるめどは立っています。もともと8xのパケット通信は、PCMCIAカードに対して余裕のある設計になっていますので、12xくらいまでなら今すぐにでもできます。それにもう少し消費電力を抑える技術を入れれば、(PCMCIAカードで)20xぐらいまでは実現可能です」(近氏)

 20xまで高速化する筋道が見えたことで、下り最大3.2Mbpsの「W-OAM typeAG 32x」(仮称)も実現できることはほぼ間違いないという。通信端末は、データを送信する際にもっとも大きな電力を必要とするので、上りと下りの通信速度を非対称にし、上りの通信速度を落とすことで、消費電力を抑えながら下りの通信速度を上げられるわけだ。

実効速度で1Mbpsを超えれば実力はナンバーワン

 ウィルコムが現行PHSでも高速化を検討する理由の1つには「PHSのイメージを良くしたい」という狙いがある。昨今、携帯キャリア各社が相次いで定額サービスを始めていることもあり、データ通信カードユーザーの多くを、再度ウィルコムに振り向かせたいようだ。

Photo 「“800kbps”と“1Mbps”には、心理的に大きな違いがあるように感じます」と話す近氏

 「現在、ウィルコムのW-OAM typeGで実現している通信速度は800kbpsですが、これが1Mbpsになるとやはりイメージが違います。たいした違いではありませんが、頑張って1Mbpsを超えるのも1つの手ではないかと思っています」(近氏)

 ウィルコムが現行PHSの高速化で狙うのは、スペック上の通信速度で1Mbpsを超えることだ。HSDPA陣営は「下り最大7.2Mbps」、CDMA陣営は「上り最大1.8Mbps/下り最大3.1Mbps」といったスペックでユーザーに速さを訴求しているが、HSDPAは上りは最大384kbpsであり、下りのデータ通信速度も、実測値で7.2Mbpsも出ることはない。EV-DO Rev.Aも飛び抜けて速いというわけではない。

 「他社は、これからユーザーが増えてさらに混み合ってくることが予想されるので、当面データ通信の実効速度は遅くなることはあっても速くなることはそうそう考えられません。しかし、我々は基地局の回線をISDNから光ファイバー化する作業を進めており(スペック上は512kbpsから800kbpsに高速化)、実効速度は上がりつつあります。さらにW-OAM typeGで1Mbps以上の速度が出せれば、HSDPA陣営のサービスを実効速度で上回れるのではないかと思っています」(近氏)

 近氏によると、回線を光ファイバー化した基地局での通信は、実効速度が400kbpsを超えており、RTT(Round Trip Time)も下がって、ユーザーにはとても好評だという。この速度が仮に1.5倍になって600k〜700kbpsを超えるようになると「カバーエリアの広さと実効速度で実力ナンバーワンになれます」(近氏)

 ウィルコムがフォーカスするのは、カタログ値で最高速度をマークすることではなく、実行速度、すなわち実力値で日本一を狙うことだ。同社の試算では、実力値でナンバーワンの座を獲得するためには、1Mbps弱の実効速度で安定した通信ができることが条件になっているという。

 「1Mbps弱の安定した速度でサービスを行えることのバリューは大きいはずです。安定して700kbpsぐらいの速度が出れば、インターネット上のほとんどの動画は問題なく視聴できます。現状、AIR-EDGEに不満があるとすれば、それは動画の視聴が少々辛いという点だと認識しています。動画がきちっと見られれば、ほかにそこまでの通信速度が必要なものはあまりないのではないでしょうか」(近氏)

 現在、ウィルコムではWILLCOM COREへの準備もあり、基地局の光化を急速に進めている。しかしユーザーからすると、どれくらいエリアが広まっているかは分かりにくい。しかし近氏は「どんどん光化しているので、気持ちよく使えるエリアは確実に広がっています。次世代PHSを始めるには不可欠な要素なので、適当なところで光化をやめるつもりはありません。今後も品質はどんどんよくなっていきます」と明言した。

 2009年に高速なWILLCOM COREのサービスが始まることを考えると、現行PHSにリソースを割いてどこまで高速化すべきかは、社内でもいろいろな議論があるという。しかし、それでもW-OAMの高速化を検討する背景には、WILLCOM COREとW-OAMの両方が使える「デュアルモード端末」が視野にあるようだ。

 「WILLCOM COREのサービスを開始してしばらくの間は、エリアを補完する必要がありますので、(WILLCOM COREとW-OAM typeGの)デュアルモード端末を作ることになると思います。そう考えると、現行システムの高速化もある程度しておく必要があると思っています」(近氏)

 数十Mbpsの通信ができるとされるWILLCOM COREだが、エリア外では全く使えない、あるいはデュアルモード端末でも一気に8x相当の速度しか出なくなるのでは、ユーザーの使い勝手は決していいとは言えない。WILLCOM COREのサービスエリア外にいても、ユーザーが少しでも快適に使えるように、現行のW-OAM typeGの高速が必要だと考えているようだ。

実力日本一は実現するか──商用化はまだ未定

 いろいろと構想が描かれている現行W-OAMの高速化だが、いまのところ製品化、サービス商用化については「検討段階」に過ぎない。ただ、ネットワーク側は16xまでの準備はできており「あとは商品企画だけの段階です。とりあえず試作機を動かすところまではクリアしました」(近氏)という状況のようだ。

 ただ、取材中に近氏からは「とにかく実力日本一を狙いたい」という発言が何度も聞かれた。カタログ値の速度ではなく、実行速度で他を圧倒する。そんな心意気が現行W-OAMの高速化を後押しするようだ。

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