「ブロッキング」とMVNOの関係、通信の秘密を考えるMVNOの深イイ話(2/2 ページ)

» 2018年06月14日 06時00分 公開
[堂前清隆ITmedia]
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通信の秘密に触れても違法にならないケース

 その一方で、MVNOとキャリアが利用者にインターネット接続サービスを提供する上で、日常的に通信の秘密に触れることが避けて通れないという事情があります。

 インターネットでの通信では、やりとりするデータを小さな単位に分割し、そこに「送信元」「宛先」の情報が付加されます。これをパケットと言います。このパケットを利用者から受け取って「宛先」に記された相手に届けること(ルーティング)が、インターネット接続を提供する電気通信事業者の基本的な役割です。

 ところがこの行為を行うためには、通信事業者が「通信の宛先」という通信の秘密を知得する必要があります。そもそも、誰が、誰と通信をしているか、また、ある人が通信をしているということ自体が「秘密」に該当するのですが、パケットを届けるためにはどうしても「宛先」を確認する必要があるからです。

ブロッキング

 もちろん、パケットの宛先を知得することが許されないと、インターネットを経由した通信自体が成立しません。そこで、実際の電気通信事業者の現場では、電気通信サービスを提供するために必要な範囲で通信の秘密に触れることは、通信サービス提供業務上正当な行為(=正当業務行為)であり、違法ではない(=違法性阻却事由に該当する)と整理されています。

 「正当業務行為」と「違法性阻却事由」ついては、医師が行う手術を例にして説明されることが多いようです。手術は人の体を傷つける行為ですので、形式的には刑法204条に規定される傷害罪に該当します。しかし、手術は患者の治療のための行為であり、他に代替する手段がなく、必要最小限な範囲においては「正当業務行為」であるといえます。このような場合「違法性阻却事由」があるとして傷害罪に該当せず、違法ではありません。

 例に挙げた単純なルーティングだけでなく、通信網を健全に維持するために統計情報を取得したり、付加サービスを提供するために通信の内容を操作したりするためなど、通信事業者はさまざまな理由で通信の秘密に触れる必要があります。電気通信事業法におけるシンプルな記述とは裏腹に、実際の電気通信サービスの提供の上では「通信の秘密に触れることは、どこまで許されるのか」「その行為はどんな理由で許されるのか」ということを子細に検討しなければならないのです。

 現在、電気通信事業者がインターネットサービスを提供するために通信の秘密に触れる行為については、次の図のように整理されています。

ブロッキング

 まず、通信の秘密に触れていたとしても、それが顧客の同意に基づく場合は、違法とはなりません。例えば、顧客が迷惑メールをフィルターする機能を使いたいと希望した場合もこれに該当します。

 例えば、あるメールが迷惑メールかどうかを判定するためには、メールの中身を通信事業者が確認しなければなりませんので、通信の秘密に触れています。しかし、これは顧客に求められた機能を実現するためであり、通信の秘密に触れることを顧客が承諾しているといえるため、違法ではありません。特定の通信を無料で提供する「ゼロレーティング」や、通信量を削減するために行われる動画や画像の圧縮でも通信の秘密に触れていますが、顧客の同意に基づいたものであれば違法となりません。

 提供される機能によっては、具体的にどのような秘密が知得、窃用されるかが直感的に分かりにくいことがあります。その際には、顧客の同意を得るにあたって、提供される機能の内容と、それに伴ってどのような秘密が侵害されるのかを事業者が十分に説明する必要があるでしょう。ただ、実際にどこまでの説明を行えば「十分に説明した」といえるのか、その判断はとても難しい問題です。

 一方、顧客の同意に基づかない行為は、先に挙げたように「違法性阻却事由」に該当する行為なら違法にはなりません。違法性阻却事由としては、「正当業務行為」以外に、「正当防衛」「緊急避難」があげられます。これらはそれぞれ刑法35条〜37条に基づく考え方です。

 どのような行為が「正当業務行為」「正当防衛」「緊急避難」に当たるのか、それについては個別の検討が必要となります。そうした検討の1つの例として、サイバー攻撃などによる大量の通信についての対処に必要とされる行為についてとりまとめられたガイドラインがあります。

 このガイドラインは、電気通信事業者の業界団体である、日本インターネットプロバイダー協会(JAIPA)、電気通信事業者協会(TCA)、テレコムサービス協会(テレサ協)、日本ケーブルテレビ連盟(JCTA)および、ICT-ISAC(※)によって構成された「インターネットの安定的な運用に関する協議会」が2007年に作成し、その後も継続的な議論とともに維持更新を行っているものです。

※ガイドライン制定当時は「日本データ通信協会テレコム・アイザック推進会議」

 ガイドラインの中には個別の事例について、どのような行為がどのように通信の秘密に触れるのか、また、それは違法性阻却事由に該当するのかということを具体的に検討しています。

 例えばサイバー攻撃(DoS攻撃・DDoS攻撃)によって大量に送りつけられる通信は、攻撃対象だけでなくその周辺の設備、顧客にも被害を与えることがあります。しかし、この被害を軽減するために、攻撃と思われる通信を識別してそれをフィルターすることは、通信の秘密に触れる行為です。このガイドラインでは、そうした事例を挙げながら、その行為がなぜ違法性阻却事由に該当するかをまとめています。

 あくまでこのガイドラインは業界団体によるものですが、第3版、第4版の検討にあたっては、総務省が開催する「電気通信事業におけるサイバー攻撃への適正な対処の在り方に関する研究会」のとりまとめを反映していてます。同研究会は総務省の主催のもと、電気通信業界、消費者団体、法曹界の関係者や研究者が参加しており、電気通信事業者の事情のみによらず、異なる立場からの意見を集約する形となっています。こうした手順を踏み、特定の団体、業界だけの意見によらない国民的な合意を形作るという方法で、通信の秘密と向き合うことが必要とされていると考えています。

ブロッキングの今後

 記事執筆時点では、政府から名指しされた「海賊版サイト」はいずれも停止した状態です。また、NTTグループ各社はブロッキング実施の方針を発表はしたものの、実際にブロッキングを実施したという話は聞こえてきません。さらに、海賊版サイト対策についてはブロッキングと通信の秘密の兼ね合いだけでなく、出版業界のありようについても議論が広がっています。電気通信業界では一時の慌ただしさも止み、一種の小康状態ともいえる雰囲気があります。

 一連の動きによって、これまで必ずしも広く国民の関心を集めているとはいえなかった「通信の秘密」に対し、今までにない範囲とレベルで注目が集まったことは、特筆すべき事態かと思われます。これをきっかけとして、今後起こりうる事態に対してどのように対処するべきなのか、特定の業界の利益だけを取り上げるのではなく、権利者、電気通信事業者、消費者を横断した国民的な議論が行われることを期待しています。

著者プロフィール

堂前清隆

堂前清隆

株式会社インターネットイニシアティブ(IIJ) 広報部 課長 (技術広報担当) 兼 MVNO事業部 事業統括室 シニアエンジニア

「IIJmioの中の人」の1人として、IIJ公式技術ブログ「てくろぐ」の執筆や、イベント「IIJmio meeting」を開催しています。エンジニアとしてコンテナ型データセンターの開発やケータイサイトのシステム運用、スマホの挙動調査まで、インターネットのさまざまなことを手掛けてきました。


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