連載
» 2009年06月16日 16時40分 UPDATE

矢野渉の「金属魂」Vol.3:タテ位置に込められた思い――オリンパス「Pen-EE」

PC USERのカメラマンとして活躍している矢野渉氏が、被写体への愛を120%語り尽くす連載「金属魂」。第3回はオリンパス「Pen-EE」だ。

[矢野渉(文と撮影),ITmedia]

「お手軽写真」であるはずのケータイ写真が、実は一番難しい

 最近、ケータイで撮影された写真をよく見かける。個人のブログなどは終始一貫ケータイ写真、というものも多い。

 ある時、ふと思った。なぜ僕は、この写真がケータイ写真だと判断したのかと。もちろん普通のデジカメより明らかに画質が劣る機種もある。しかし近年のケータイのカメラはほとんど遜色(そんしょく)のないものも多い。しかし、それでも判別できるのだ。

 ちょっと考えて気が付いた。ケータイ写真は“タテ位置”だからである。

 コンパクトデジカメは35ミリフィルムカメラの流れをくんでいるから、自然に構えるとヨコ位置の写真が撮れる。それに対してケータイはもともと電話であり、後から撮影機能を組み込んでみたらたまたまタテ位置がデフォルトになってしまった、というだけのことなのだが、これがなかなか面白い。

 タテ位置写真のフレーミングは、とても難しいものだ。人間の目は横にワイドな画角を持っているからヨコ位置写真は「見たまま」だが、タテ位置は非日常的な「絵作り」が必要になってくるからだ。ケータイ写真は、そんな難易度の高い行為を使う者すべてに課すのだ。

 芸能人を追いかけながら、写メを撮っている人々を脇で眺めていると、異常な必死さを感じてしまうけれど、あれは芸能人に対する執着というよりもフレーミングに必死なんだと思う。移動していく被写体をタテ位置で追っているわけだから。これはプロでも難しい、というか失敗が怖くてできない行為だ。

 本来「お手軽写真」であるはずのケータイ写真が、実は一番難しい、という矛盾があるのに、人々はそんなことは念頭になく、修行僧のような面持ちで写真を撮っている。

 しかし、タテ位置写真は、難しい分だけ写真が上手く撮れたときの喜びも大きい。また、構図がカッチリと決まったタテ位置写真は、何かを訴えかけるだけの力を持っていると僕は思う。背景の面積を極力減らし、メインの被写体にグイッと寄っていく撮影には、タテ位置がよいのだ。

 僕がこの連載でタテ位置の写真にこだわっているのも同じ理由だ。望遠系のマクロレンズで被写体にグッと寄り、シビアにフレーミングすれば、みっしりと息苦しいほど迫力のある写真が撮れる。遠近感の少ない、奥にあるはずの物が手前に起き上がってくるように見えるタテ位置写真は、僕の好きな手法の一つである。

ht_0906ya.jpg

「タテの時代」は繰り返す。しかし……

 思い出した。


 ずっと昔、やはりこんな「タテの時代」が存在していた。

 僕が小学校に入った年、東京オリンピックのあった1964年からそれは始まる。それまでモノクロだった僕のアルバムの写真が、突如カラーになり、そしてタテ位置になるのだ。この「タテの時代」は4〜5年続き、また緩やかにヨコ位置写真へと戻っている。

 写真をタテにしたのはこの、オリンパス「Pen-EE」というカメラだ。

 日本で生まれた独自規格「ハーフサイズ」で大ヒットしたカメラである。24×36ミリが35ミリカメラのフィルムサイズだが、ハーフはこの24ミリ側を長辺に使い、24×18ミリで撮影をする。フィルムの面積が半分になるので画質は落ちるが、その代わり倍のコマ数の撮影ができるのだ。普及が始まったばかりで、まだ高価だったカラーフィルムを半額で使える、ということで大衆の支持を得たのだろう。

 カメラそのものも35ミリカメラの設計を流用しているので、カメラを自然に構えるとタテ位置写真が撮れる。ケータイの写真と同じ原理だ。

 改めて自分のアルバムを眺めていると、Penで撮影された写真はパターンが決まっている。全身を上下いっぱいにフレームしたものか、上半身をいっぱいにして撮ったもののどちらかである。写真があまり上手くなかった父にしてみれば、これが精一杯だっただろう。しかしその、背景をそぎ落としたようなタテ位置写真は、僕の表情を実にうまく伝えていた。

 ちょっと照れていたり、泣いていたりもするが、一番多いのは笑っているような怒っているような、微妙な表情だ。今だから理解できるのだが、これは撮影者と被写体の信頼関係を表しているのだと思う。自然体でカメラの前に立てるということは、親子ならではのことだから。

 しかし僕が中学に入るころになると、写真からこのような表情が消えてしまう。父親に反発し始めたのだ。それと時を同じくして、僕のアルバムは「ヨコ位置」になってしまうのだ。

 自分に子供ができてみて、初めて分かったことがある。それは父がこのオリンパスPenのレンジファインダー越しに僕を眺めていた気持ちは、生涯変わらなかったということだ。僕が父に反発しようが、父の生き方を否定しようが、父は常に僕の味方であり、僕のことを気遣ってくれていたのである。

 そのことが理解できて、一緒に酒でも飲みながら話をしたいと思った時、父はもうこの世にはいなかった。

 僕はずっと後悔しながら生きていくのだろう。でも、唯一の救いはこのPen-EEで撮影された写真が残っていることだ。

 自分の写真を眺めると、その写真を撮った父の姿が浮かんでくる。ファインダーの向こうにぼんやりと見える父は、やはり僕と同じように微妙な表情をしている。今なら、このころの関係に戻れたのに。


 Pen-EEがあってよかった。写真がタテ位置でよかった。


 今夜は、この金属で人知れず泣こう。

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