連載
» 2011年02月03日 14時00分 UPDATE

矢野渉の「金属魂」Vol.15:僕の思想すら変えてしまったマウス――「カトキハジメマウス」

PC USERのカメラマンとして活躍している矢野渉氏が、被写体への愛を120%語り尽くす連載「金属魂」。第15回は……全マウスユーザーを揺るがす問題作!?

[矢野渉(文と撮影),ITmedia]

讓れない一線 マウスにおける原理主義とは?

 「マウスは箸(はし)である」、と僕は強く主張したい。

 箸は日本人として生きて行くために必要な道具だ。おのずと、箸の使い方は子供のころに親から厳しくしつけられるようになる。だから見た目にもきれいな箸使いの所作が伝統的に受け継がれて行くのだ。

 マウスも同様である。タッチパッドやタッチパネルも同類じゃないかという意見もあるが、マウスには指だけではなく、手のひら全体を使って繊細な作業をするという「動作に対する美意識」が存在するのだ。

 ここに「マウスの作法」という考え方が生まれる。日本人の美意識として、マウスの美しい使い方が自然に確立されるのだ。マウスは箸ほど使い方が難しくはないから、ほとんどの人が正しい使い方をしている。だから逆に、間違った使い方をする人が特に目立ってしまうのだ。

 こんなことがあった。妻がパソコンを始めたころ、僕が先生になって初歩から教えていた。最初はマウスの使い方からだ。だいぶうまく使えるようになった、と妻の手元を見ると、なんと妻は親指で左クリックをしていたのである。

 僕は激怒して持ち方を矯正した。この場合、僕が親で妻は子だ。厳しいしつけをしなければ、他人に笑われる人生が待っている……。そして僕は「マウスは箸である」という考え方を妻にかんで含めるように説明したのだが、真意は伝わらなかったようで、しばらく口を聞いてもらえなかった。どうやら僕を心の狭いヲタクだと思ったらしい。まあ、否定はしないが。

 やがてマウスは、中心部にスクロール用のホイールが標準装備されるようになって、厄介な問題が持ち上がった。「人差し指スクロール派」と「中指スクロール派」に分裂したのである。ごく少数だが、まったく無意識にその瞬間の気分でどちらかの指を使う「フリースタイル派」も存在するので、局面はかなり混迷している(しかし対立はない……はず)。

 僕は「中指スクロール」を日本の標準とする運動を進めている。なぜならマウスの仕事は「左クリック」がすべてだからだ。右クリックもスクロールも、副次的な機能に過ぎない。PCに指令を出すことがマウスの使命であるなら、左ボタンには常に人差し指を置いておかなければならない。スクロールのために人差し指を左ボタンから離すことなど、到底受け入れられる行為ではないのだ。それはやがて心の乱れとなり、仕事上のミスにつながる。やがて周囲の人々も、人差し指スクロールをする者を軽んじるようになるだろう。

 もう1つの争点は「左利き問題」である。誤解のないように断っておくが、左利きを決して否定するものでもないし、マウスにおいても左利き用の設定が可能なので問題はないようにも思える。もちろん、市場には右手と左手の両手で扱えるようシンメトリーデザインのマウスや左手専用マウスなど、左手で使うことが前提のマウスもある。さらに、さまざまな理由から、自身は右利きなのに左手でマウスを使うことを推奨する人々が一部に存在するのも知っている。

 しかし、集団行動の美学を重んじる日本社会では、左利きによるマウス操作の弊害が頻発する危険があるのではないだろうか。

 日本の会社では、狭いデスクが1列に並び、その上に置かれた各々のディスプレイの前でデスクワークをする、というのが一般的だ。整然とした、すがすがしい風景である。この統一感の中で、右利き、左利きはそれほど気になるものではない。

 しかし、非常に狭いデスクが隣り合っていた場合、左利きの人は左隣りに座っている右利きの人(つまりは多数派である)と、手が触れてしまう可能性があるのだ。隣りが異性だった場合、周囲の人々はどう思うだろうか。

 「わざとやってんじゃないの?」や「オレも左利きだったら……」という疑心暗鬼や羨望(せんぼう)が渦巻くに違いない。また、お隣が同性で手が触れてしまった場合は、さらに厄介な妄想へとつながって行ってしまう。ちょっと頬を赤らめたりしたら、もう大変なことになる。生産性の低下を招いてしまうことは容易に想像できることだ。

 ここはやはり「李下に冠を正さず」のたとえ通り、右手でのマウス操作を日本社会での標準とするべきだろう。

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その“美しき例外”は我々の派閥にとって異端すぎた

 というわけで、我々は「全日本マウス原理探究会右利き分会、中指スクロール至上派」(全マ原理探)であり、その推奨マウスは市場で販売されているマウスの9割以上にのぼる。要するに、手のひらを乗せていて疲れない適度な大きさと、指を伸ばして自然に触れる位置に左右のボタンがあれば、それで合格なのである。一部、子供の関心を引くためにカエルやブタの顔を模したマウスが存在し、使い勝手の悪さで認定から外されたが、その存在意義は否定できないものだとは思う。

 しかし、歴史上ただ1つだけ、我々の派閥を悩ませるマウスが存在した。2002年11月にエレコムから発売された「M-MAPP1KH」シリーズ、通称「カトキハジメマウス」である。「機動戦士Vガンダム」などのメカニックデザインで知られるカトキハジメ氏がデザインしたマウスだ。同時発売された士郎正宗モデル(M-MAPP1KHシリーズ)は普通のマウスの形を残していたので問題はなかったのだが、このカトキマウスは認定して良いものかどうか、大いに議論を呼んだものだった。

 この、特徴的な平面で面取りされた、プロトタイプのモックアップそのままのようなカタチ。では未完成なデザインなのかというと、まさに完成形としか言えない不思議なバランスを保っている。工業デザインとは対極にある、まさに「魅せるデザイン」である。

 それまでのマウスの常識を覆した部分は、ヘッド部分が大きく持ち上がっていることだ。北関東の暴走族のバイクはお尻が上がっているものだが、逆にカトキマウスは横から見ると、獲物を狙っているヒキガエルのような角度で前に持ち上がり、その先に円柱型のボタンが大きく膨らんで付いているのだ。

 ボディが意外に小さいこともあり、使い勝手は良いとは言えない。手のひらでホールドすると手首が「く」の字に曲がるので長時間の使用には向かないのだ。普通に使っていると、指先だけでマウスを扱うことになる。厚めのパームレストがあって初めて、楽に操作ができる感じだ。

 それに反して、マウスとしての基本性能は最上級クラスだ。ボタンのクリック感は硬めの上質なものだし、底面の4つの樹脂の滑りは最高だ(発売当初は、接着不良ではがれてしまう不具合もあったが)。ポインタの速度が上がったのかと錯覚するぐらい軽く動かすことができる。また、ボディのゴム引きのようなマット素材は手に心地良い。

 ただのマウスならば、全マ原理探推奨マウスとして「認定せず」ということで済む話だった。しかし、カトキマウスは魅力的過ぎた。僕は何も考えずにカトキマウスを購入してしまったのである。全マ原理探のメンバーが未推奨マウスを使うなどということは許されない行為だ。もし見つかったら厳しい「総括」が待っている。

 とはいえ、どうやら僕のような人間が多かったようで、カトキマウスをなんとか推奨モデルにしようとする一派が立ち上がった。長い議論の末、カトキハジメマウスは推奨マウスの認定を見送られた。絶望した僕とその周辺の一派は、全マ原理探を飛び出し、新団体を立ち上げることになった。

 新団体の名は「新日本マウス原理探究会耽美派」。我が団体の推奨マウス第1号は、もちろんカトキハジメマウスである。残念なことにそれ以降、耽美派推奨マウスに認定されたマウスは1つもない。

 我々は争いを好まない。だから積極的にメーカーへ働きかけたり、要求を突きつけたりはしない。カトキハジメマウスを心の支えとして、いつか現れるであろう夢の耽美マウスの発売をただじっと待っているのである。

※全日本/新日本マウス原理探究会の存在、思想、活動内容は(限りなく事実に近い)フィクションです。



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