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» 2011年06月28日 15時00分 UPDATE

矢野渉の「金属魂」Vol.19:プロダクトに宿る“魂の声”を聴け――「WinBook Trim 133」

PC USERのカメラマンとして活躍している矢野渉氏が、被写体への愛を120%語り尽くす連載「金属魂」。今回は知る人ぞ知る、ノートPCの名機を久しぶりに起動してみる。

[矢野渉(文と撮影),ITmedia]

1997年、思いがけない出会い

 今でこそ「パソコン」といえば、ノートPCが主流となり、デスクトップPCはゲーマーなどのパフォーマンス重視の人たちのもの、というイメージさえあるが、1990年代後半のPCが一般に普及した時期は、デスクトップPCを指すものだった。

 なぜなら、Windows 95の発売とともに導入しやすくなってきたPCだったが、ノートPCはまだまだ高根の花だったからだ。初めてCD-ROMドライブを内蔵したパナソニック(当時は松下電器産業)のノートPCが75万円だったことを、僕は今でも鮮明に覚えている。

 高すぎる。たぶん、一生ノートPCを買うことはないだろうと僕は思った。そのころはインターネットがワイヤレスでどこでも使える時代が来るなんて考えも及ばないことだったのだ。

 ところが、初めてのノートPCは向こうからやって来た。しかも重量1.1キロの、その時代のウルトラモバイルPCだ。そのころ撮影の仕事をしていた雑誌の編集部員が、自分のノートPCを買わないかと僕に声をかけたのだ。思いのほか安かったので、僕は深い考えもなく、「お付き合い」ということでそれを譲ってもらった。

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僕にとって、初めてのノートPC

 ソーテック(現在はオンキヨー)の「WinBook Trim 133」。これはメーカーが在庫の最終処分ということで特別に安く提供したので、編集部員やライター4〜5人がまとめて購入したものだ。

 ソーテックというと、当時の一流メーカーと同じスペックのマシンをより安く供給するイメージがあるが、このTrim 133に関しては事情がちょっと違う。このノートは三菱電機と共同開発をした製品なのである。三菱の「AMiTY CN」という機種が兄弟機だ。

 だから、といっては失礼だが、Trim 133の作り込みはかなり徹底している。DSTN液晶を改良した7.5型のDFPassiveカラー液晶(640×480ドットで約26万色表示)は視認性がよく必要十分だし、Pentium 133MHzもWindows 95の環境下でキビキビと動いた(写真のPentium IIシールに深い意味はない。ちょっと格好つけて貼っただけだ)。

 編集やライターに好評だったのはキーボードだ。主要キーで約16ミリという広めのキーピッチでとても打ちやすい。Enterキーが小さくなるなどの破たんもなく、とてもバランスのとれたレイアウトのキーボードなのだ。

 また、特筆すべきはインタフェースの多さだろう。このA5サイズのボディにシリアル、パラレル、アナログRGB出力、PS/2、IrDA 1.1、PCカードスロット(TypeIII×1、またはTypeII×2)が装備されている。マザーボードの設計をかなり練りこまないと、この小さなサイズにこれだけのものを内蔵するのは不可能だろう。

失われたUSBポートを求めて

 ジャストサイズのインナーケースなどもあつらえたので携帯する機会も増え、僕とTrim 133の関係は最初は良好だった。だが、Trim 133にプリインストールされていたWindows 95をWindows 98にアップグレードしていたとき、その事件は起こった。

 デスクトップPCのアップグレードは何の問題もなく済んでいたから、僕はまったく不安を感じることはなく、Trim 133にカードバスでつないだCD-ROMドライブからWindows 98のインストールをしていた。

 Windowsのシステムデータをコピーした後、PCは何度か再起動する。ハードウェアのインストールが済んだ後の再起動時のことだ。しかし、いくら待ってもTrim 133はWindows 98を起動しない。黒い画面の左上に小さなバーを表示したまま動かなくなる。ときどき、HDDのアクセスランプが光るから、何かに迷っているようなのだ。

 編集部員たちのTrim 133も同様の症状が出ているようだった。PCに詳しい彼らをもってしても原因を判明できず、結局ソーテックのサポート窓口にメールすることになった。

 その回答は意外なものだった。何とこのTrim 133はUSBポートがないにもかかわらず、マザーボード上にはUSBに対応したIntel 430HX PCIsetチップセットが実装されているため、ここが問題を引き起こしていたのだ! USBのコネクタは付いていないので、デフォルトではOS上でUSBを使用不可にしてある、という仕様だったのである。

 そもそもTrim 133で気になったのは、これほど多くのインタフェースを備えていながら、USBのポートが見当たらないことだった。Trim 133が発売された1997年7月はWindows 95のOSR2.1(OEM Service Release 2.1)がすでにUSBをサポートしていたにもかかわらず、Trim 133にはUSBが付いていない。

 後に、このことがTrim 133を使う頻度を徐々に減らしていってしまう。Windows 98の時代になってUSB接続の機器が増えるようになり、USBを持たないPCは「使えない」ことになってしまったのだ。

 もちろん、PCカードスロットにUSBインタフェースカードを挿せばUSBを使えるが、せっかくのモバイルPCに大げさなカード(しかもコネクタ部分が外に出っ張る)を挿すのは気分的によろしくないのである。

 もっとも、発売1年後にWindows 98の発売があるという、過渡期にできた製品だから開発陣の迷いはあっただろう。当時はUSBの普及がどの程度進むのか、誰にも分からなかったわけだから(実際、Windows 95 OSR2はUSBサポートが限定的だったため、採用を見送るケースは多かった)。多分開発時には議論があって、その結果、チップセット側のサポートは済んでいても、USBコネクタは搭載を見送ったのだ。

 というわけで、Trim 133をWindows 98にアップグレードしてこのような症状が発生したら、ハードウェアのインストール後の再起動時にセーフモードでWindows 98を起動させ、「ハードウェアプロファイル」でUSBのプロパティを開き、「不使用」のチェックボックスにチェックを入れて、もう一度再起動する、という面倒な作業が必要になる。

すべての工業製品は開発した技術者の魂である

 不幸な生い立ちで、Windows 98にアップグレードしようとすると、いつまでもUSBを探し求め、さまよい続けるTrim 133の姿を「けなげだ」あるいは「愛(いと)おしい」と感じるのは日本人に特有の感情かもしれない。

 こんな擬人化の仕方は理解し難いと感じる人もいるだろうが、僕はこの感情を大事にしたいと思っている。すべての工業製品は開発した技術者の魂であるからだ。失敗作もあるだろう、中途半端なものもあるだろう、その悪い部分も含めて技術者の気持ちを受け止めてこそ、その製品への理解が深まるのだと思う。僕はいつもそういう気持ちでこの「金属魂」を書いている。

 兄弟機のAMiTY CNが順調にモデルチェンジしてUSBが搭載されたのと対照的に、ソーテックのTrim 133は一代限りでその役目を終えた。最初からUSBが搭載されていたらとか、同じように後継機が発売されていたらとか、妄想は果てしなく続く。

 メンテナンスを怠らなかったせいで、今日も元気にWindows 98を起動するTrim 133。キーボードにほれ込んで長い付き合いになったが、今でも愛おしいと思うのである。

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