初心:感動のイルカ(2/2 ページ)
秋田は、末期がんだった。最後は出身地で死にたいと、神戸の病院に入院していた。浩たちは、30分ほどで病院に到着したが、その間が浩には何時間にも感じられたのだった。
咳き込みながらようやくこれだけのことを秋田は言った。もう限界が近づいているのは、誰の目にも明らかだった。
「一時期ぼくは原点を忘れかけていました。お客さんに喜んでもらってはじめてお金がもらえるのに、テクニックに走ろうとしていました。なので、お客さんが感動するビジネスをやろうって気持ちを込めて、あのイルカをデザインしてもらったんです。あれがぼくの原点なんです」
秋田は満足そうにうなずくと、そのまま寝入ってしまった。
秋田の夫人が浩を手招きした。夫人は廊下で意外な話をした。
「実は、私たち主人が大学を出てすぐに結婚して、最初の男の子が生まれたんやけど、一歳のときに肺炎で死んでしまいましてん。その後、女の子二人に恵まれたけど、男の子は授からなくて。その子が生きてたら、ちょうど猪狩さんと同い年やったんです」
そういうことだったのか――。浩は、いつかの居酒屋で、秋田が父親のような目で自分を見ていたことを思い出した。太恩のある人のことを何も知らないできたことが、悔やまれてならなかった。
浩は何か言おうとしたが、医師が夫人を呼ぶ声にさえぎられて、結局何も言えなかった。
「ご臨終です」
秋田正芳。享年62歳。これからの活躍が期待された日本有数のマーケッターの早い死だった。
秋田の希望で、通夜も告別式も家族だけだった。その後、秋田の会社が中心となってお別れ会が開催された。名だたる大企業の会長・社長クラスが詰め掛けて、弔辞を読んでいた。
浩は弔辞を放送で聴いた。ようやく焼香ができたのは、お別れ会の開始後2時間半経ってからだった。
霊前で浩は誓った。
「先生、死ぬ間際にぼくに原点を思い出させてくれて本当にありがとうございました。もうぼくは、絶対にブレません。お客さんを感動させ続けていれば、必ず道は開けます。それを信じて、苦難に耐えていきます。苦難と一緒に成長していきます」
アクティブ運送にはその後も、次から次へと苦難が襲ってきた。並の経営者ならとっくにあきらめているような苦難の連続である。しかし、苦難を一つ乗り越えるたびに、強くなっているのも事実なのだ。
苦難を乗り越えるたびに、日増しにお客様からの感動の手紙が熱く、厚くなっている。応援者も日に日に増えている。また、同様に困っている多くの中小企業経営者が浩の姿勢に励まされている。
アクティブ運送が今の業態のままで存続していくのかどうかは誰にも分からない。
しかし、浩は自分がブレずに、すべてのものへの感謝を忘れない限りは、不死鳥のように生き残っていくと確信している。
浩の机に飾ってある秋田の色紙には「どんな人にも、その人に乗り越えられない不幸は来ない」と書いてある。生前、浩がお願いして特別に書いてもらったものだった。
色紙には、秋田の似顔絵も書いてある。その似顔絵が、少し笑ったように、浩には見えた。
著者が提唱する「333営業法」とは?
著者・森川滋之が、あの「吉田和人」のモデルである吉見範一氏と新規開拓営業の決定版と言える営業法を開発しました。3時間で打ち手が分かるYM式クロスSWOT分析と、3週間で手応えがある自分軸マーケティングと、3カ月で成果の出る集客ノウハウをまとめた連続メール講座(無料)をまずお読みください。確信を持って行動し始めたい方のためのセミナーはこちらです。
著者紹介 森川滋之(もりかわ・しげゆき)
ITブレークスルー代表取締役。1987年から2004年まで、大手システムインテグレーターにてSE、SEマネージャーを経験。20以上のプロジェクトのプロジェクトリーダー、マネージャーを歴任。最後の1年半は営業企画部でマーケティングや社内SFAの導入を経験。2004年転職し、PMツールの専門会社で営業を経験。2005年独立し、複数のユーザー企業でのITコンサルタントを歴任する。
奇跡の無名人シリーズ「震えるひざを押さえつけ」「大口兄弟の伝説」の主人公のモデルである吉見範一氏と知り合ってからは、「多くの会社に虐げられている営業マンを救いたい」という彼のミッションに共鳴し、彼のセミナーのプロデュースも手がけるようになる。
現在は、セミナーと執筆を主な仕事とし、すべてのビジネスパーソンが肩肘張らずに生きていける精神的に幸福な世の中の実現に貢献することを目指している。
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