2000年夏のボーナス商戦は、対前年比で昨年を上回るという声は出ているものの、目玉商品が不在なうえ、品薄だったこともあり、どうも派手さにかける商戦といった趣きである。もちろん、他の業界に比べ、市場が伸びているIT業界ならではの贅沢な悩みだとは思うものの、マスコミとしては「この商品が大人気で商戦をリードしているぞ!」なんて展開を期待してしまうのであった。
だが、本当のことをいえば、ここ5年くらい、クレジットカードが普及したことで、「ボーナス日以降、急速に客足が増えるといった傾向はなくなってきている」という声がパソコンショップ側から上がってきていた。しかも、今年は夏商戦向けに発売されたパソコン新製品でめぼしいものがなかったことで、2000年夏商戦が売り上げは伸びても静かに進んでいるのは無理からぬことかもしれない。
ただし、変化は起こっている。目立ったところでは、ソニーの躍進だ。
こう書くと、「ソニーの躍進なんて、今に始まったことではないでしょう?」と、多くの人が思っておいでのことでしょう。確かに、ソニーのVAIOシリーズは初めて登場した1997年から、一貫して人気商品であり続けている。ここに来て、急に躍進したという表現は当たっていないと思うでしょ?
でも、実はこれまでのVAIOシリーズは、人気の割にシェアを大きく確保しているとはいえない状況にあった。理由は明確である。採算優先のソニーは、製品が売れ残ることを警戒して、生産台数を抑えてる戦略をとっていたのだ。
生産台数を抑えるのは、在庫負担を軽減することが狙い。パソコンメーカーは、薄利多売でビジネスを行なっているため、過剰生産で在庫が多くなると、途端に収益性が悪くなる。それを嫌って、生産数をしぼっているのである。
私が勤務する、コンピュータ・ニュース社の調査部門BCN総研では、パソコンショップ9社のデータを取得し、市場分析を行っている。
人気商品というと、ソニーの「VAIOシリーズ」をはじめ、アップルの「iMac」、ソーテック製品といったところが頭に浮かぶが、メーカー別シェアとなると依然としてNECが強い。
この結果に対し、「なんでNECのシェアがナンバー1なんだ!お前のところのデータはおかしいのではないか?」というお叱りのお電話を頂戴することもあるが、確かに、体感シェアではソニー、アップルといったメーカーが強いものの、
- ソニー、アップルともにモデル数をしぼっている
- ソニーは生産数もしぼっている
という事情があるため、モデル数が多く、生産数をしぼらないNECが結局はトップシェアを維持するという結果となる。
あるNECの幹部は、「ソニーを叩きつぶすには、有力な対抗商品を出すよりも、ソニーが作った製品が売れずに余るといった状況を作る方が確実だよ。作った商品が余って、儲けが出ないとなれば、ソニーは自然にパソコン事業から撤退してくれるんだから」と笑いながら話していたくらいだ。
しかし、NEC幹部の願いはむなしく、ソニーのVAIOシリーズは生産した数を順調に売り切り、パソコン事業はどんどん拡大していく。
この4月、パソコン事業を統括する「パーソナルITネットワークカンパニー」のプレジデントであった安藤国威氏がCOOという出井伸之氏に次ぐ権限を持つ役職に昇格し、6月29日付で社長となったことで、「ソニーは本気でパソコン事業に取り組んでいく」という姿勢が内外に示された。
COO就任が発表された3月の会見で安藤氏は、「パソコンの時代は終わったという声もあるが、エンターテイメントPC時代はこれから始まる」と話し、自分が手がけた製品だけにVAIOシリーズには思い入れが強いところをのぞかせた。
安藤氏の思い入れを裏付けるように3月以降、ソニーのパソコン事業にはアクセルがかかる。2月初旬に発売された「VAIO J PCV-J105V」が実売で12万円台と低価格であったことから、ノート、デスクトップの両分野でのソニー製品のシェアがあがり始める。VAIO Jシリーズはモデルチェンジを繰り返してはいるものの、現在に至るまで途切れることなく12万円台のデスクトップパソコンを提供し続けている。品薄との声は聞こえるものの、以前に比べ、出荷台数は大幅に増えており、デスクトップパソコンとして市場に定着してしまった。
この夏商戦(2000年6月)では、トップシェアはNECに譲ったものの、ソニーのシェアは19.7%にまで拡大し、店頭市場のナンバー2シェアとなった。そろそろ本気で、「店頭ではトップシェアを狙える」ところまで来てしまった。NEC幹部は、「だから、あの時商品が余っていれば……」とほぞをかんでいるではなかろうか……?
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