通信業界の地殻変動の呼び水にもなっているIP電話だが、今年は携帯電話にもIP電話が登場するという。携帯電話の世界にも激動の時代が到来するのだろうか。
2002年、IT関連で大きな話題の1つがIP電話の登場だった。ADSLを中心としたブロードバンドネットワークの普及のおかげで、家庭の固定電話をインターネットを利用して音声を送受信するIP電話に置き換えられるようになった。NTTコミュニケーションズやニフティ、ヤフーなど、大手通信事業者やISP業者がこぞってサービスに参入した。
固定電話のIP電話サービスの場合、サービスの仕組みや料金体系はほぼ確立している。いま使っている電話機にアダプターを取り付けるか、パソコンを使って会話する。料金は国内であればどこにかけても3分7.5〜8円程度。同じISPに加入している電話同士なら、通話料は無料となる。長距離電話の多い人にとっては、使いでのあるサービスだ。各社ともスタートアップの段階を終え、加入者の獲得競争を繰り広げている状況だ。
そして今年2003年は、IP携帯電話の動向にも注目が集まりそうだ。中でも筆者は、ジャパンメディアネットワーク(JMN)が開始しようとしているサービスに興味を持っている。同社は来週3月19日から、IP携帯電話「JMmobdem」の試験サービスを開始する。
JMmobdemは、既存の携帯電話サービスを根底から覆しかねないものだ。小さな専用アダプターを装着するだけで、いま使っている携帯電話が定額制に変わる。月の利用料金は4500円。ほかに初期契約料として2万1500円と携帯電話会社に支払っている基本料金がかかるが、携帯電話にどれだけ使っても料金が変わらない定額制が登場するインパクトはかなりのものだ。
JMmobdemの斬新さは、他社のIP携帯電話サービスと比較するとより明確になる。昨年、東京通信ネットワーク(TTNet)のPHS事業(東京電話アステル)を突然買収して通信事業に新規参入した鷹山を見てみよう。同社は、基地局と基地局を結ぶバックボーンをNTTの定額制ISDNとすることで、かなりの長時間(月に数十時間)の利用料金を定額とする準定額制のIP携帯電話(PHS)サービスを今春にも開始する。また、ブロードバンドモバイルコミュニケーションズも、無線LANを基地局として利用するIP携帯電話サービスを月額3000円程度で今年中に開始する計画だ。
ただしこうしたサービスは、利用できる端末が限られているか専用端末が必要だったり、基地局がまだ少なく利用エリアが極端に狭い、かける先が一般の携帯電話や固定電話だと定額制でない場合がある──といった弱点を持っている。それに対してJMmobdemは、FOMAなど一部の機種を除いてほとんどの携帯電話が利用可能、完全な定額制、利用可能なエリアが既存の携帯電話と変わらないといった特徴を持っており、その使い勝手の良さは際立っている。
しかしこの優れたサービスは、JMNの主張することが実現可能だという前提に基づいている。実は試験サービスの開始を目前にした現在でも、JMmobdemが本当に立ち上がるかどうかについて疑問を呈する声は根強い。JMmobdemのアダプターは、携帯電話機が受けた音声をパケット化し、電話会社の基地局に送る。パケットはJMNが用意した専用ネットワークを経由して、別の基地局から通話先の電話機に届く。この仕組みだと、大きな疑問が生じる。
ネットワークの両端で他社の施設を利用しているため、JMNは利用時間に応じた従量制の料金を必ず支払わなければならない。つまり、収入は定額制であるのに支出は従量制となっているのだ。従って加入者の利用時間がある一定のレベルを超えれば、JMNは赤字となる。JMmobdemはこれまで大手新聞や雑誌に何度か取り上げられているが、JMNの岩田誠一社長はこの問題をどう解決するのか明確に説明したことはない。筆者は複数の電話会社に勤務する知人に解決方法があるか尋ねてみたが、異口同音に「思い付かない」という答えだった。
JMNの親会社は、東証2部上場で建設会社の大盛工業である。これまで通信事業とはまったく縁がなかった。同社の業績はここ数年低迷しており、昨年は株価が30円を割り込むこともあった。JMmobdemが話題となったことで今年1月には最高値で110円まで上がったが、サービス実現に対する疑念の声が強くなり約1カ月後には再び50円を割っている。
この株価の動きを事前に予想できれば、株価上昇局面で同社の株を買い入れ、加えて空売りを仕込むことで、莫大な利益を上げることが可能だったはずだ。実際、株価が乱高下した時期の取引株数がそれまでの5倍以上になるなど不自然さは否めない。
固定電話の通話料とネット接続料は事業として利益を出せるギリギリの水準にまで低下し、通信サービスでは携帯電話の利用料金だけが高止まりしている感が強い。それだけに、筆者もJMmobdemのようなサービスが実現してくれればと強く望んでいる。
しかし、JMN以外で定額制のIP携帯電話サービスに取り組んでいる企業は、例外なく自前か提携の基地局(無線LANを含む)を用意している。そうしなければ、定額制を維持できないからだ。JMNだけがこの問題をクリアできたとは、筆者にはどうしても思えないのだ。
JMNによれば、加入申込者はすでに4万人を超えているという。一部の申込者は、初期費用を支払い済みのようだ。いまは、深刻な問題が起こって、携帯電話サービスの低価格化に水を差すような事態にならないことを願うばかりである。
高橋智明(たかはし ともあき)
1965年兵庫県姫路市出身。某国立大学工学部卒業後、メーカー勤務などを経て、1995年から経済誌やIT専門誌の編集部に勤務。現在は、主にインターネットビジネスを取材している。
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