1円入札のメカニズム 調達サイドの制度と能力をめぐる不安IT Business フロントライン (76)

» 2002年04月05日 12時00分 公開
[三浦優子(コンピュータ・ニュース社),@IT]

 私が所属している媒体「BUSINESSコンピュータニュース」で、政府のシステム入札に関する新しい連載が始まった。いわゆる電子政府化に向け、日本の官公庁にIT導入が進んでいるわけだが、その中で依然として超安値入札や大手ベンダしか入札に参加できない状況が続いている。そうした問題はなぜ起こるのか、どうすればこのような問題をなくすことができるのかといったテーマで、いろいろな人にインタビューしていくのが、新連載のテーマである。

改まらない安値入札

 この連載を行うきっかけとなったのは、今年1月に社団法人 日本コンピュータシステム販売店協会が「e-Japan計画がIT産業にもたらすビジネスチャンス」をテーマに開催した新春特別パネルディスカッションであった。

 このパネルディスカッションは、通産省出身で、現在はコンサルティング会社 ヤス・クリエイト社長の安延申氏をモデレーターに、東京大学大学院情報学環教授の須藤修氏、日本アイ・ビー・エム 取締役パーソナル・システム事業部長の橋本孝之氏、フューチャーシステムコンサルティング社長の金丸恭文氏が参加し行われた。出席者たちは「消化不良な中身になってしまった」とぼやいていたものの、見ている側としては見ごたえもあり、面白かった。

 その中で行政のIT化をめぐるいくつかの問題点が取り上げられたのだが、あらためて思い出させてくれたのが、「依然として、“1円入札”のような極端な安値入札が続いている」という指摘である。

 8500万円の予算が付いていた東京都の文書管理システムに対し、日立製作所が750円という破格の価格で入札したのは、確か昨年のことである。かねてから異常な安値入札が新聞紙面をにぎわし、問題として取り上げられ続けているが、それはいっこうに改まっていないということだ。

 果たして、なぜこんな安値入札が起こってしまうのだろうか──?

元凶は単年度会計にあり

 この点に対し、1月のパネルディスカッションで安延氏はこう指摘した。

 「官公庁が単年度予算しか認めていないことに最大の原因がある。入札に参加する民間企業の責任というよりも、官公庁側の制度の問題だ」

 本来、3年かかってようやく完成する大規模システムであっても、官公庁は単年度=1年目の予算を重視する。2年目、3年目は1年目を担当した企業がそのまま担当する慣習(というか途中で開発元が変わるのは現実的でない)があるため、企業側は入札時の1年目は思い切り安値を提示し、2年目以降の随意契約の段階で元がとれるような値付けをしているのだという。

 これでは、2年目、3年目のコストが適切であるかどうか納税者として不安であるばかりか、官公庁のシステムを落札できるのは初年度に収益を得なくてもやっていける体力がある企業に限られてしまうという弊害を生むことになる。

 安延氏によれば、「(入札する企業に対する)評価システムは、価格、技術など総合力を評価するわけだが、技術の比較はつけにくい。そうなると、どうしても価格が重要な評価ポイントとなってしまう」ために、1円入札などという超安値入札が起こってしまうのだという。確かに、これは制度の問題である。

お役所による“正当な評価”は望み薄?

 この制度の問題点について、官公庁側に取材をしたところ、「問題はあると感じている」と認めている。だったら、さっさと制度を直すべきだと思うのだが、おかしなことに昨年1月の全省庁統一の競争入札参加資格基準では、より資本力のある企業が優位となる仕組みとなってしまった。従来だったら、参加できるはずだった入札に参加できなくなってしまった企業もあるとか……。果たして、何のための基準改正なのか(現在、再度見直しが行われている)。

 IT産業はご存じのように、資本力のある大企業だけが高度な技術力を持っているとは限らない。小さくとも技術力がある企業、設立して間がなくても高い技術を誇る企業は珍しくない。ところが、現状ではこうした点はまったく評価されない。そもそも、日本の行政機関のIT評価能力にははなはだ大きな不安がある。

 前述の安延氏が教えてくれたのだが、去年ある県で、図書館のデータベースを構築する際に、新システムにメインフレームを導入することになったそうだ。いまどき、地方の図書館のデータベースを作るのにメインフレームを導入する必要があるだろうか? これは大手ベンダが、これまで大きな実績を持っているということで決まったという(ちなみに、これはその後その県で問題になり、撤回されたそうである)。

 日本の政府は、最適で最新のシステムを導入していくことができるのかと、官公庁の担当者に質問すると、「ITの場合、最新のシステムとはどんなものか評価するのは難しい。確かに小さい企業でも技術力があるケースはあるでしょうが、こんな時代ですから、つぶれてもらっては困るというのも本音」だという答えが返ってきた。

 こんな調子で日本の政府や自治体に、最適なシステムが導入されるのだろうか──?

Profile

三浦 優子(みうら ゆうこ)

株式会社コンピュータ・ニュース社

1965年、東京都下町田市出身。日本大学芸術学部映画学科卒業後、2年間同校に勤務するなど、まったくコンピュータとは縁のない生活を送っていたが、1990年週刊のコンピュータ業界向け新聞「BUSINESSコンピュータニュース」を発行する株式会社コンピュータ・ニュース社に入社。以来、10年以上、記者としてコンピュータ業界の取材活動を続けている。

メールアドレスはmiura@bcn.co.jp


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