ピープルソフトのJ.D.エドワーズ買収は無意味――単なる“肥大化”では誰も幸せになれないIT Business フロントライン(122)

» 2003年08月02日 12時00分 公開
[井津元 由比古,@IT]

 ビジネスアプリケーションベンダの再編が急だ。中でも、オラクルがピープルソフトに対するTOB(株式公開買い付け)を発表したために、ピープルソフトのJ.D.エドワーズ買収は大きな注目を集めた。

ピープルソフトのJ.D.エドワーズ買収をおさらい

 7月14日、米司法省がピープルソフトとJ.D.エドワーズの企業統合を承認し、両社は企業統合に向けて動きだした。ピープルソフトは当初、株式交換方式での買収を目指していたが、オラクルの横やりに対抗する形で、支払い条件を現金と株式に変更。株主の承認を受けなくとも買収を完了させられるようにし、統合プロセスの迅速化を図っていた。

 オラクルも黙ってはいない。米司法省の承認が下りたまさにその日、買い付け期限を8月15日まで延長することを発表し、同時に6月11日時点で4377万3940株の買い付けが完了していることも明らかにした。これは、ピープルソフトの発行済み株式の10%以上に当たる。

 これに対するピープルソフトの動きは早かった。7月17日深夜に、J.D.エドワーズとの統合を事実上完了してしまったのだ。複数の米国報道機関によると、7月18日時点で、ピープルソフトはJ.D.エドワーズ株式の約88%を取得したという。

 すべての株式を取得するのは、8月末となる見込みだが、すでに米J.D.エドワーズのWebサイトには、「PeopleSoft Completes J.D. Edwards Acquisition」(ピープルソフトがJ.D.エドワーズの買収を完了しました)と書かれた巨大なイメージが誇らしげに掲載されている。

ITベンダの4つの買収タイプ

 この原稿を執筆している時点で、オラクルの次の一手は見えない。ピープルソフト買収への取り組みを続け、J.D.エドワーズを含めて統合する計画を推し進めるのか、それとも過半数の株式を握ってJ.D.エドワーズを再びスピンオフしたいのか。もしくは、買収計画そのものを中止するのか。

 このため、本稿ではこの部分には触れないでおき、統合後のピープルソフトとJ.D.エドワーズについて述べる。その前に、まずはITベンダの買収を大きく4つに分けてみる。

  1. 敵対的買収
    ライバルをこの世から消し去ることによるビジネスチャンスの拡大と、ライバルの顧客基盤の獲得を目指す。有能なスタッフを獲得することもメリットにみえるが、多くの場合、有能なスタッフのほとんどは合併によって会社を去ってしまう。
  2. ソフトウェア製品の買収
    2-1.補完的ソフトウェアの買収
    自社の製品ラインを拡充し、より広いビジネスの範囲に対してサービスやソフトウェアを提供できるようになる。ただし、ソフトウェアの統合は困難で、買収から長い期間を経ても、ソフトウェアを完全に統合できない状況が続く。また統合できた後も、いくつかの問題が表面化してしまうケースもある。
    2-2.同一分野のソフトウェアの買収
    企業の売り上げ規模が引き上げられるため、黒字企業を買収できた場合、財務的に見栄えが良くなる。多くの場合、ここに位置付けられるのは別業種向けのソフトウェア買収のため、ソフトウェア統合は後回しになり、一時的には小康状態が続く。このため、開発スタッフの一元化によるコスト削減というメリットも、すぐには受けにくい。
  3. テクノロジの買収
    技術企業を買収することで、自社が必要とする技術を自社の製品に取り込む。ITベンダの買収劇で成功とされているもののほとんどはこのケースだ。

このままでは意味なき買収に終わる

 J.D.エドワーズのボブ・デュカウスキーCEOは、「顧客重視という企業文化を持つ両社の合併は、その顧客重視という理念が加算され、1+1=3という結果を顧客にもたらす」と話したという。人情話でこういうせりふが出てくるのならいいのだが、事はビジネスだ。感情論は排除して考えたい。

 今回の買収は、「2-2」に当てはまる。単にJ.D.エドワーズのブランドが変更されるだけで、「機能や技術はもともとあった2つが並存することになる」というのが、現時点での両社の主張だ。では、彼らのいうように、2つの製品ラインが今後も永遠に並存して、それぞれ機能強化を続ければどうなるだろう。

 この計画では、開発スタッフの数は減らず、旧J.D.エドワーズと旧ピープルソフトのスタッフが別の仕事をし続ける。これでは、開発スタッフの一極集中による生産性向上は不可能だし、ノウハウを移植するコストも二重に掛かってくる。

 ターゲットとする企業規模は、ピープルソフトが大規模で、J.D.エドワーズが中規模といわれている。しかし、実際のところ、その境界はあいまいで、営業現場ではある程度バッティングしている。フォーカスする業種も、ある程度は重なる。両社のWebサイトに掲載されている顧客企業の業種リストがこれを裏付けてくれる。いくつかの業界は同一だ。つまり、両社のソフトウェアは、別業種向けのソフトウェアとはいえず、対象とする企業規模にも際立った差はない。

 ここで考えられる唯一のメリットは、営業スタッフの一部バッティングしているところを削減するか、もしくは別分野に振り分けることで、業務効率が現状より上向く可能性だ。しかし、それはごくわずか。ソフトウェア統合によって開発を一元化できなければ、主に人件費が占めるコストはソフトウェアの価格にも跳ね返ってくる。製品が並存したままでは、コスト競争力を高めることはできないし、製品強化のスピードも変わらない。ノウハウを移植する場合、開発コストは倍になる。

 また、両社は、合併してSAPに対抗したいと主張しているが、彼らの計画を前提とすれば、ナンセンスだ。2つの企業が1つになっても、製品ラインは2つ。SAPに負ける案件ではいままで通り負け、勝つ案件では旧ピープルソフトか旧J.D.エドワーズのどちらかの製品が勝つことになる。

 なお、J.D.エドワーズは2世代前のソフトウェア「WorldSoftware」をAS/400(IBM eServer iSeries)が生き続ける限りサポートするとしている。ただ、これはサポートだけなので、法制度の変更や金融機関の統合によるマスタデータのパッチ提供程度。それほどのコストは掛からないため、ここでは無視する。

ソフトウェア統合は困難

 当事者である両社の幹部は、こうした現実を十分に承知しているものの、顧客の手前アナウンスできないのが現状だろう。将来的には、ソフトウェアが統合されることになるはずだ。現実的なストーリーは、J.D.Edwards 5の次バージョンとPeopleSoft8の次バージョンが、同一製品として登場するというものになる。このため合併後は、J.D.エドワーズ製品が定義するビジネスプロセスをピープルソフト側に移植するための開発作業が、水面下でスタートすると考えられる。

 ただし、これは非常に困難な作業になりそうだ。ビジネスアプリケーションには、膨大な数のビジネスプロセスが定義されていて、多くのベンダはそれを“ベストプラクティス”などと言って売り込んでいるが、そのほとんどは使われない。ERPの命は、ビジネスプロセスではなく、データモデルなのである。ビジネスにおける事象を可能な限り網羅的にデータとして定義するデータモデル。これは、ベンダ側の考え方に大きく依拠するため、ソフトウェア間で大きく異なる。単純にデータを移行すれば解決するわけではないのだ。

 ピープルソフトは、かつてCRMソフトベンダ・バンティブの買収で、相当な苦労をした。これは、「2-1」の買収であり、バンティブのソフトウェアをピープルソフトのアーキテクチャに移植し、PeopleSoft8 CRMとして出荷したものだった。それでも初期ユーザーからは、以前は使えていた機能が使えなくなった、などの問題が報告されていた。

 今回のものは、それよりも困難と考えられる2-2の買収だ。これまでビジネスソフトウェアの買収で劇的な成功を成し遂げた企業はない。主な成功例は、SAPのトップティア買収など、テクノロジの買収に偏っている。

 ソフトウェアの買収という失敗続きの道を選んだピープルソフトは、この合併を「ソフトウェア買収による初の成功例」とできるか。それとも、ソフトウェア買収に合った、新しい別のやり方を考えているのだろうか。いずれにせよ、企業規模を肥大させるだけでは競争力強化は望めない。しかし、ソフトウェア統合は非常に困難。現時点でいえるのは、ソフトウェアビジネスという視点からも、顧客企業の視点からも、この企業統合にまったく魅力が感じられないということだけだ。

Profile

井津元 由比古(いづもと よしひこ)

月刊コンピュートピア 編集長

1976年、神戸市生まれ。京都大学経済学部経済学科卒業後、某外資系SIベンダに入社。2000年、オンラインニュースサイトで主にビジネスアプリケーションを担当する記者に。2002年、月刊コンピュートピアに移籍。2003年5月より編集長


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