ドコモの対策に迷惑メールを考える 通信業者側の対応は功を奏するかIT Business フロントライン (59)

» 2001年11月09日 12時00分 公開
[磯和春美(毎日新聞社),@IT]

 横浜市内の通信業者「グローバルネットワーク」が、iモードの利用者あてに大量のスパムメールを送信したために通信設備に支障が生じたとして、NTTドコモが同様の行為を禁じるよう求めていた仮処分申請で、横浜地裁(板垣千里裁判長)は10月29日、同社に対してスパムメール送信を1年間禁じる仮処分命令を出した。スパムメールに禁止の司法判断が出たのは日本では初めてのことで、通信事業者はこの判決に喜びを隠さない。

問題視されていた電話番号メールアドレス

 携帯電話で電子メールが送受信できるようになったのはこの2年ほどのことなのに、いまや携帯電話は通話のためだけでなく、Webブラウジング端末として、また直送メールや電子メールの送受信端末として利用されている。そこに、昨年末あたりから勃発した「出会い系サイト」などのスパムメール騒動は、通信事業者の責任問題にまで発展していただけに、今回の司法判断の影響は大きい。

 もともと携帯電話あての勧誘メール問題は、メールアドレスの設定にあったともいえる。携帯電話のわずか11ケタの電話番号がデフォルトでメールアドレスとして登録されるというシステムは、実に簡単であるため悪用されやすい。とはいえ、利用者がほんの数十万人だったころのiモードやJ-SKYでは特に不都合はなかったし、電子メールに慣れていない層にはかえって覚えやすく教えやすいと好評だったくらいだ。そんな時代も、わずか1年半ほど前にはあったのである。

 ところが携帯電話によるネット接続利用者が飛躍的に増え、出会い系サイトなどの利用もうなぎのぼりに上昇してくると、ダイレクトメールよろしくスパムメールによる勧誘を商売にしたくなる人が出てくるのもまた道理というものだ。

 例えば仮処分を受けたグローバルネットワークは、あて先不明なんと17万通を含む約90万通のメールを1時間で送信したのだという。送信先は、メールアドレス名簿などを入手したわけではなく、「090」のあとにプログラムで順番に生成した8ケタの数字をつけただけ。理論上は、1000万の数字の組み合わせがあるのだが、プログラムの都合かはたまた送信の能力の限界か、90万通という中途半端な数字になったようだ。

 この数字は、ネットワーク管理者にとっては恐怖だろうが、素人の目には「17万通のあて先不明」よりも「でたらめに出しても73万通は届いてしまう」という事実のほうが驚きだ。とはいえ、ドコモによると日々のメール約10億通のうち9億通近くはあて先不明だというから、やはり問題は大きい。

通信事業者とメール送信業者のイタチゴッコ

 通信事業者各社は、スパムが増え始めた昨年末から、メールアドレスをアルファベットを含んだ文字列に変更するよう呼びかけたり、変更手続きを簡素化したり、受信者が負担するという携帯電話ならではのメール料金設定を一部変更したり、はたまたメールアドレスを最初から電話番号と無関係するなどの対策に追われてきた。

 しかし敵、すなわち勧誘メール発信業者もさるもの。すぐにアルファベット26文字や記号を含んだ文字列を生成するプログラムを開発したため、せっかくメールアドレスを変更したのに「またすぐに1日に6、7件もスパムがくるようになってしまった」と嘆く利用者は後をたたない。

 勧誘メールそのものは、不要な人には迷惑以外の何ものでもないが、必要な人には立派な「プッシュ型情報」だ。勧誘メール発信がたとえ社会的に問題の多い事業でも、ビジネスとして成立している限り、「迷惑な人が多いから」というだけでは通信事業者側がこれを制限してよいと判断できる根拠が薄い。そこで必要だったのが法的判断だった。いわば「社会的重要性に的確に対応」するために、お墨付きが欲しかったわけだ。

 お墨付きが出た後の素早い対応にも驚きだ。まずNTTドコモは6日に、迷惑メール撲滅の新対策を発表した。大量のあて先不明メールを含む同報メールの受信をブロックすることや端末に迷惑メール防止機能を追加することがミソだ。実在しないあて先を著しく多く含む同報メールが出た場合、同社のiモードセンターで送信を止めてしまうのだという。

 また迷惑メール防止機能はユーザーが登録したドメイン、メールアドレス以外からのメールを受信できないようにするもの。さらにメールの件名と送信元を確認して、必要なメールのみを受信し、不要メールを削除する「選択受信機能」も2002年度中に開始するという。現段階で通信事業者として考えられる限りの手を打ちつつある、といえるだろう。

規制の中味をみんなで考えよう

 もっともこれで問題が根本的に解決するわけではない。悪質な「出会い系」などに被害者候補を勧誘しようとあれこれ知恵をめぐらす業者を一網打尽に罰するような法律は日本にはない。スパムの判断基準である「大量」がどれくらいかも決まっていないという。

 一方、東京都の消費生活対策審議会・基本問題部会では、インターネットなどで一方的に広告を送信する「迷惑メール」を防止するため、都消費生活条例・規則を改正するよう求める中間報告をまとめた。都は来年の3月定例議会に条例改正案を提案する予定だ。これも可決されると全国の自治体では初めての条例制定になる。

 中間報告は、パソコンや携帯電話などで、スパムを繰り返し送信する行為を、条例で定める「不適正取引」に加え、違反した事業者に対して行政指導などを行うことを求めている。しかしこれもまた、実のところは対症療法でしかない。それどころか、やはり「何が不適正なのか」という部分について、あいまいなのが気にかかる。

 もちろん、スパムは迷惑だし、いまのようにスパムメールが「出会い系サイト」の入り口として機能している状態では、電子メールを介在するほかのコミュニケーションそのものを阻害しかねない。

 ただ、「スパムを禁止しろ、取り締まれ」というのは簡単だ。しかしそれが、行政や通信事業者に、必要以上にネットワークの中の情報を制御する権力を与えることになるのには警戒感を持つべきだ。またその結果として、「情報をランダムに電子メールで流通させる」というような、1つのコミュニケーションモデルの可能性の芽をつむことにもなる点もあえて指摘しておきたい。

 迷惑メール対策としては、まずすべてのメールに発信者表示が義務付けられることと、一度に送信できるメールの通数が1万通を超えるような事業者はすべて登録制にすること、さらに一度受け取ってもう二度と見たくなければ、受信者がその発信者からのメール受信を拒否できるようにすること、これくらいが基本になると思うのだが、これでは手ぬるいだろうか。

Profile

磯和 春美(いそわ はるみ)

毎日新聞社

1963年生まれ、東京都出身。お茶の水女子大大学院修了、理学修士。毎日新聞社に入社、浦和支局、経済部を経て1998年10月から総合メディア事業局サイバー編集部で電気通信、インターネット、IT関連の取材に携わる。毎日イ ンタラクティブのデジタル・トゥデイに執筆するほか、経済誌、専門誌などにIT関連の寄稿を続けている。

メールアドレスはisowa@mainichi.co.jp


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