IP電話を直撃するNTT接続料の値上げ そのとき、総務省IT部局は──IT Business フロントライン (107)

» 2003年01月31日 12時00分 公開
[布目駿一郎,@IT]

 モノやサービスの値段が下がるデフレ経済の日本で、電話料金だけが値上がりする“異常事態”が間もなくやって来る。新電電各社がNTTグループの東西地域会社(NTT東西)に支払う市内回線の接続料が、2003年度から13%も引き上げられることが確実となったからだ。各社の経営に与える打撃は大きく、とりわけ、次世代電話として普及が期待されるIP電話は競争力を失う恐れも否めない。この“異常事態”に国民の怨嗟(えんさ)の声が高まるのは必至といえ、通信行政を担う総務省IT部局(情報通信政策局と総合通信基盤局)は存在価値を問われそうだ。

収入の7割が接続料に……

 「IT不況のトンネルは、また数年延びることになる」──。IP電話の草分け事業者、フュージョン・コミュニケーションズの幹部は、ため息交じりに語り始めた。同社は2001年4月、全国どこでも一律3分20円の格安サービスを開始し、210万回線の加入者を獲得してきた。現在の接続料は3分4.78円、発着信両端で9.56円。これが4月以降は11円近い負担となり、ユーザー料金の半分を超える。「これだけ大幅に上がれば、そのコストはユーザーに転嫁するほかない」という。

 2003-04年度に適用する接続料を1年近く検討してきた、情報通信審議会(情通審:総務相の諮問機関)は、来月にも開く電気通信事業部会で接続料を確定する省令案を取りまとめる。

 その接続料金案は下の表のとおり、原則1県1カ所でつながるZC(中継交換機)接続が現行比13.0%上がって3分5.40円。ZCより下流でつながるGC(加入者交換機)接続は4.40円とわずか2.2%下がるものの、IP電話事業者はほぼ例外なくZCで回線接続しており、接続料引き上げに直撃される。フュージョン・コミュニケーションズに限らず、着信片端をZC接続しているソフトバンクグループの「BBフォン」は3分7.5円でサービスを展開し、KDDIや日本テレコムも3月から同水準の料金で事業化する計画だが、収入の約7割を接続料に持っていかれることになる。

NTT接続料の改定試算の推移(単位・円/3分)
試算料金(トラフィック入力値) GC接続(現行比) ZC接続(現行比)
現行料金 (1999年度実績) 4.50 4.78
2002年9月の情通審答申
東西別料金(2001年度予測)
NTT東3.59(−20.2%)
NTT西4.75(  5.5%)
NTT東4.57(− 4.4%)
NTT西5.95( 24.4%)
2003年2月確定予定の省令
均一料金(2001下+2002上)
4.40(−2.2%) 5.40( 13.0%)
注=情通審は、2001年度下期と2002年度上期のトラフィック実績で 算出した東西均一料金を改定料金として確定し適用する見通し

泥棒に追銭!?

 1985年の通信自由化後、初めての接続料引き上げ──。その最大の原因は、NTT東西の固定電話のトラフィック(通信量)が2000年度をピークに減少へ転じたことだ。携帯電話の普及や交換機を経由しないADSLサービスの拡大の影響は大きく、総通話時間は毎年15-20%減少し、回復の見込みは立っていない。

 接続料の算定は、NTT東西の市内回線費用をトラフィックで割って導く。分母であるトラフィックの値が小さくなれば、接続料は当然上昇する。しかも、情通審の接続料金案は2001年度下期と2002年度上期のトラフィック実績で導いたものであり、適用する2003年度の実績がさらに減少すれば、接続料もさらに上昇する。その場合、新電電各社は支払い不足分を精算しなければならない。最終的な支払額は100億円単位で積み上がっていく。

 「まさに“泥棒に追銭”だ」──。ある中堅事業者の幹部は、吐き捨てるようにいった。「新電電の多くはZCで回線接続しているが、NTTグループはドコモもコミュニケーションズも、今回上がらなかったGC接続の比率が高い。接続料金案はNTT側に有利にできており、赤字体質の市内電話から、われわれを追い出す腹だ」。もはや新電電側の声は悲鳴に近い。

NTSコスト議論を避けた理由

 情通審の接続料議論が、新電電各社に過酷な結末に終わった理由は何だったのか──。NTT東西のトラフィックが減少しているとはいえ、競争促進に向けて接続料を引き下げる道がなかったわけではない。それは「NTSコスト」の接続料からの分離だ。

 NTSコストとは、トラフィックに連動しない回線設備コスト。アナログ信号を光信号に変換する「き線点RT」の設備費用が代表的であり、従来、接続料に含まれてきた。しかし、トラフィックに連動しないコストである以上、切り離すべきという主張が根強くあり、そうすれば接続料は2ケタの比率で下がるといわれる。ただし、その場合、NTSコストを別途回収しなければならず、仮にNTT東西が消費者から月々徴収している基本料金(東京の一般住宅=現行1750円)に上乗せすると、1回線当たり106.5円引き上がる計算になる。

 過去7年、一度も値下げしていないNTT東西の基本料金は、消費者団体から不透明だという批判が強い。NTSコストの在り方に手を付ければ、NTT東西は主要な収益源である基本料金のコスト構造を明らかにしなければならなくなる。NTT側はNTSコストの分離に強硬に反対、早々に情通審の接続料議論から除かれた。総務省IT部局もそれを容認……というより、NTSコスト議論を避けた節がある。

 前出の中堅事業者幹部がささやいた。「NTTと役所の間では、業績不振の東西地域会社を将来合併させる“密約”があったのではないか……」。なるほど、そう思わせる事件は確かにあった。

醍醐委員の怒りと国会決議

 「東と西は競争していない!」──。接続料議論が佳境に入った昨年8月29日の情通審・接続委員会。座長役を務める醍醐聰委員(東京大学大学院教授)は、NTT東西が連名で提出した意見書に思わず声を荒げた。その憤りは、黒字の東日本と赤字の西日本が、回線接続コストに約30%の差があるにもかかわらず、同じ意見しか述べないことに対する不信感だった。

 つまり、「NTT再編の趣旨はグループ内競争の促進だったはずであり、両社が合理化を競えば、接続料も別料金になるのが当然」という批判である。醍醐委員の主張は審議会内外で支持を集め、情通審は9月13日、前掲の表のとおり、東日本が引き下げ、西日本が引き上げという“西高東低”の接続料金案を答申した。

 しかし、総務省IT部局はこれに難色を示す。自民党郵政族を中心に「接続料の東西格差はユーザー料金に格差を招く」と反対の声があることに乗じ、与野党議員による反対決議に持ち込み、答申を白紙に戻した。IT部局が、東西地域会社の将来の合併をNTTと“密約”していたとすれば、東西格差は不都合であり、なりふり構わずつぶしにかかったとみていい。

 それだけにとどまらない。IT部局は年明け後の6日付で情通審委員30人のうち、10人の退任と10人の新任を発令した。再任されなかった10人の中には醍醐委員が含まれており、審議会運営に批判的な同委員を更迭したとみる向きは少なくない。

総務省IT部局が解体する日

 しかも、新任委員の顔触れを見ると、酒井善則氏(東京工業大学大学院教授)、清水英一氏(日本ルーセント・テクノロジー社長)はNTT出身者であり、古賀伸明氏(電機連合委員長)も労組の立場からNTTに近いといわれる。新電電各社の間では「親NTT人脈で情通審を固め、接続料の引き上げを押し切るのではないか」という疑心暗鬼が絶えない。

 接続料金案は不測の事態がない限り、来月の情通審・電気通信事業部会で確定した後、パブリックコメントに付され、5月には認可される。その過程でIP電話をはじめとする電話料金の値上げが相次ぐだろう。が、牛丼1杯280円の時代に、電話料金の値上げが国民の理解を得られないのは自明だ。今秋にも取りざたされる総選挙を控え、集票マシンであるNTTに擦り寄って、接続料引き上げに好意的だった与野党議員も一転、行政責任を追及し始めることは容易に想像できる。そのとき、総務省IT部局、すなわち旧郵政省は解体の危機を迎える。

 いったい旧郵政官僚は、どうしてNTTにくみしたのか──。それは解体の危機感、まさにその焦りが彼らを突き動かしたのだった。


Profile

布目駿一郎(ぬのめ しゅんいちろう)

フリージャーナリスト

新聞記者、証券アナリスト、シンクタンク研究員などで構成されるライター集団。「布目駿一郎」はその共同ペンネーム。一貫して情報通信産業の取材に当たっている


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