日本最初の電子投票を検証する電子投票本格導入への課題とはIT Business フロントライン (88)

» 2002年06月07日 12時00分 公開
[磯和春美(毎日新聞社),@IT]

 岡山県新見市で6月23日に行われた新見市長選・同市議選は、全国初の電子投票のテストケースとして注目を集めた。電子投票は市内の43カ所で行われ、有権者1万9381人中86.2%(市長選)に当たる1万6700人余が投票を行った。電子投票分の開票は2人の職員でわずか25分ですみ、有権者からも「簡単だった」と好評──初の試みは成功に終わったといえる。投票機のトラブルは4件あったが、投票無効のような大事には至らなかった。まだオンラインでの集計は法的にできないなど、これからの条件整備が必要な部分もあるが、とりあえず今回の成功で、電子投票はいよいよ本格的な導入へはずみがついたといえる。

実際のトラブルは4件

 実際に投票で起きたトラブルは、3カ所の投票所で計4件。このうち、職員の勘違いによる人為的ミスは2件、技術的なものが2件だった。いずれも投票そのものに支障は出なかったという。ミスの内容は、人為的なミスが「投票開始時に職員が発券機に管理カードを挿入する手順を誤ってしまったうえ、動揺して的確な操作ができなくなった」というものと、「最初の投票時に0票を確認する手続きを忘れた」というもの。いずれもミスが生じた電子投票機を予備機に切り替えてその後の投票を続けたという。

 技術的なトラブルでは、「投票機が1台、投票カードを読み込まない状態になった」ものと、「投票カードを読み込まず、エラーメッセージもなく排出される状態となった」ものの2つだった。いずれも、その後の調査で、機械のハード部分のトラブルと判明。こちらも予備機に切り替えた。

 これらのトラブルは、投票所で機械を切り替える際に有権者に待ち時間が生じたが、投票する条件そのものが変わったり、投票無効のような大事には至らなかった。市内43カ所の投票所には電子投票機が予備も含めて154台用意された。

 有権者による実際の操作はどうだったか。事前の広報に力を入れ、模擬投票も行って1万人余が体験済みだったものの、市には多少の不安もあり、操作が分からない場合は投票所の係員に聞いてもらうようにしていたという。しかし、実際にはほとんどの有権者がスムーズに投票を済ませ、投票行動そのものに要する時間も記名式と同じか短いくらいだったという。

 投票の流れは、まず有権者が投票所で受け付けを済ませると、ICカードを渡される。これを、記名式の時のように用意されたブースにおいてある電子投票機に挿入すると、画面に候補者一覧が表示される。有権者は投票したい候補者名を、投票機に備え付けてあるペンでタッチするだけでいい。候補者名にふれたあと、この候補者に投票するか確認する画面も出るため、誤投票は防げる。また、どの候補にも投票せず、投票を終了することもできる。この場合は従来の白票と同じ扱いになる。ちなみに、市長選で「投票しないで操作を終了」と選んだ人は253人いた。さらに電子投票がうまくいかなったときに備えて投票箱も設置したが、今回は出番はなかったという。

高い評価、高い期待度

 電子投票が導入されて、最も便利になったのは、従来自分で投票できず、代理投票に頼らざるを得なかった障害を持つ有権者たちだ。字を書く必要がないし、視覚障害者にはヘッドホンによる音声ガイドラインが導入された。将来は病院に入院中の有権者や、自宅療養中の有権者も、在宅投票で意思表示ができる可能性が開けた。

 また「名前の書き間違いや、読めない疑問票、無効票が基本的になくなるのはプラスだ」とする研究者の指摘があるとおり、有権者の投票行動を無駄にせず、民意をより正確に反映できるというメリットもある。

 一方、自治体側からみれば、開票作業の短縮は人件費などのコスト面からも、投票結果の素早く正確な発表のためにも、メリットは計り知れない。1万票余をわずか25分で開票できた今回の選挙結果には、多くの自治体が目をみはった。

 広島市や盛岡市、宮城県白石市は来年の選挙での電子投票導入に意欲的だ。首都圏近郊からの視察団は「1万人規模の市と、10万人を越える自治体との実施では、実際の運用に差が出るのでは」という疑問の声も聞かれたが、おおむね今回の成功をプラスに受け止めていた。

 新見市が得た「広告効果」も大きかった。投票当日に視察に訪れた自治体は40にのぼり、開票作業には、400人近くの行政関係者、メーカー関係者、報道陣らがつめかけて、岡山県山間部の小さな市は一気に全国区になった。「電子投票記念まんじゅう」、「電子投票記念弁当」などという新商品もあっという間に完売、取材に同市を訪れた知人の記者も「なかなかおいしかったよ」などとまんざらでもない様子。もっとも、もともと選挙そのものが、共同体社会のお祭り的な側面をもっているのだから、この程度の悪乗りは構わないのだろう。

最大の障害は“信頼感”

 今回の開票作業で、ブラックジョークに近い印象を受けたのは、30分もかからずに集計が終わった当日分の開票作業の横で、机の上に積み上げた票を延々と数え続ける職員の姿だった。実は、不在者投票は従来と同じ記名式の投票。新見市の場合はそちらの開票作業に2時間以上かかったのだ。

 実際の開票時間の短縮、人件費などの費用削減を狙うなら、不在者投票も電子化しないと大きなメリットは得られない。しかし、不在者投票は当日までに死亡するなどなんらかの理由で投票権を失った人の投票を排除するため、票を有権者名を書いた封筒に入れて保管している。今回の電子投票システムでは投票者と投票結果は結びつかないので、不在者投票用には新たなシステムを開発しなければならないという。

 また、電子投票機はレンタル式だ。新見市の場合、レンタル費用は250万円かかった。メーカー側は「採算は度外視」というが、10万人を越える自治体の場合や国政選挙の場合は果たしてどうなるのか。政治広報センター、NTTデータ、ビクター・データ・システムズ、セキュア・テックの4社で作る「電子投票普及協業組合」によると、総務省トップの意向でレンタル方式が導入されたという。また、レンタル式にしても、自治体による買取式にしても、投票機の標準仕様がないため、選挙ごと・自治体ごとに操作やデータがバラバラになりかねない。投票機の統一仕様を決めることが電子投票の普及には必要だ。

 ところで、電子投票のデメリットは、政府が慌てて設置した電子投票法によるさまざまな“しばり”から生じる。例えば、投票所と開票所をオンラインで結ぶことは、電子投票法では認められていない。このため投票終了後に、職員が電子投票機から電子記録媒体(今回はコンパクトフラッシュカード)を取りだし、二重箱の中に入れ、開票所まで車で運ぶ。開票所では各投票所から集められた電子記録媒体を読み取る、といった手順を踏む。投票箱のかわりにコンパクトフラッシュカードを集めてまわる手間は変わらない。

 オンラインで投票所と開票所を結べば、即時開票はもっと素早くなる。オンライントラブルを危惧するなら、暫定開票してから投票所から回収した記録媒体でチェックすれば良い。クラッキングやデータの流出をおそれてオンライン化をちゅうちょしているのだとすれば、物笑いの種だ。政府が8月から実施する予定の住民基本台帳のオンライン運用のほうがよほどリスクが高いはずだが、これが安全だというなら、一瞬の通信ですむオンライン投開票のセキュリティに問題などあろうはずがないではないか。

 もっとも、オンライン化そのものに対する一般の有権者の不安感は無視できない。「不正がない」ことが選挙、投票の大前提だ。いまの政府や自治体が、そこを担保しきれるのか、といえば、取材を通じての印象は残念ながら「難しい」の一言だ。電子投票の普及をはばむ最大の障害は、オンライン・セキュリティに対する信頼感の薄さ、に集約されそうだ。

Profile

磯和 春美(いそわ はるみ)

毎日新聞社

1963年生まれ、東京都出身。お茶の水女子大大学院修了、理学修士。毎日新聞社に入社、浦和支局、経済部を経て1998年10月から総合メディア事業局サイバー編集部で電気通信、インターネット、IT関連の取材に携わる。毎日インタラクティブのデジタル・トゥデイに執筆するほか、経済誌、専門誌などにIT関連の寄稿を続けている。

メールアドレスはisowa@mainichi.co.jp


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