Yahoo! BBがレンタルモデムの規約を改正し、モデムの所有権を外部に移転すると告知した問題が波紋を広げている。
事の成り行きはこうだ。
6月10日、Yahoo! BBを運営するソフトバンクBBが、会員向けサイトに「『接続機器レンタル規約』改定のお知らせ」を掲示した。その説明には「弊社は契約上の地位を譲渡する場合がありますが、契約の内容が変更されるものではなく、また会員の皆様は譲渡をご承認なさらないこともできる旨を定めています。また契約上の地位が譲渡される場合には、各会員の皆様には個別に通知がなされ、弊社が別途お知らせさせて頂くことも規定しております」と記されている。
ソフトバンクグループは5月9日に開いた2002年度決算説明会で、レンタルモデムを資産として流動化し、外部に売却することで約190億円を調達すると説明していた。これを実行に移す手順として、モデムの所有権を外部移転できるよう規約を改正したというわけなのだ。
しかし、この所有権移転というものが具体的にいったい何を意味し、それがユーザーにとってどのような影響があるのか――といった点についてソフトバンク側は会員に対してまったく説明していなかった。これが会員の不安感に火を付け、ネット掲示板などでさまざまな批判や憶測を呼び起こす結果となってしまった。改定されたレンタル規約の中に、「当社は、契約上の地位の譲受人に対して会員の個人情報を開示することができるものとします」という項目があったことも批判に拍車を掛けた。モデム所有権の売却先に個人情報が売り渡されるのではないか、と危ぐする声が相次いだのだ。
スラッシュドットや2ちゃんねるなどのネット掲示板には、次のような投稿が続々と書き込まれた。
「ソフトバンクは外部の会社に顧客情報を売り飛ばす気なのか?」
「個人情報を目当てにモデムを買い取る会社もあるのでは」
「カモを探している業者が集まって共同購入という可能性もありでしょうか?」
さらに、これをきっかけに新たに設定されたレンタルモデムの会員の買い取り料金の値段も、火に油を注いだ。買い取り料金は、最高額となる「Yahoo! BB 12M+無線LANカード」の機器で9万240円。パソコン量販店などで市販されている無線LANアクセスポイント付きのADSLモデムは4万〜5万円程度。倍近い値段の設定となっている。
「『買うと9万円もするモデムですが、今なら無料です』といううたい文句で、さらなるユーザーを増やそうとするに違いありません」(スラッシュドットの書き込みより)というような言葉も飛び交った。
しかし、ソフトバンク広報室の説明によると、事実はこうだ。
同社は「所有権移転というのは、決して『外部にモデムを個人情報付きで売り払う』というようなものではありません」と説明する。同社が今回、計画したスキームは次のような内容になる。
現在、Yahoo! BBの会員数は約268万人。このうち課金実績のある人をベースに、いくつかの条件を付加し、「Yahoo! BBのサービスを長期にわたって利用していただける可能性の高いお客さま」(ソフトバンク広報室)約60万人を抽出。この60万人にSPCへの所有権移転を求め、総額約190億円を調達する計画だ。
気になるのは、投資家の側がどのような計算で利益を上げる可能性を考えているかということだ。ソフトバンクはSPCへのモデム所有権売却代金を明らかにしていないが、190億円を60万人で調達する予定ということは、単純に割り算して1人当たり約3万1700円。一方、Yahoo! 12Mの平均的なサービスの場合、モデムレンタル料金は890円だ。となると、損益分岐点は、
3万1700円÷890円≒約36カ月分
となる。つまりYahoo! BB会員が3年間脱会せずにレンタルモデムを使い続ければ、投資側は元が取れる計算となる。実際、ソフトバンク広報室によると「投資家の方々の算定数字を平均すると、会員が4年使い続けるという計算をしていらっしゃるようです」というから、この計算はあたらずといえども遠からずといったところだろう。もし会員が4年使い続けるという計算が正しければ、投資家の側は丸々1年分のレンタルモデム代が利子・利益として上乗せして分配されることになる。
890円×12カ月×60万人=約64億円
190億円のカネが4年後には64億円の利益を生み出すのだから、極めてハイリターンの投資といえるだろう。
ただ問題は、この投資のリスクがどの程度かということだ。ADSL戦争では先陣を切り、市場を制したようにも見えるソフトバンクだが、NTT東西は巻き返しを図るのに懸命。FTTHの大キャンペーンを開始し、光ファイバの普及を前倒しで進めようとしている。実際、昨年初めには1万人そこそこしかいなかった国内のFTTH利用者は、総務省の統計によると、この5月末には40万人に迫る勢いになっている。NTTのキャンペーンが功を奏したのか、それとも有線ブロードネットワークスの地道な営業努力が実を結んだのかは分からないが、そろそろ火が付き始めそうな気配だ。今年後半には普及のクリティカルマス(臨界点)を突破する可能性もあるだろう。
そんな状況にあって、果たしてADSLが4年後もブロードバンドインフラの王座を保っているかどうかは、微妙なところだ。
とはいえ、ブロードバンドが1000万人を突破する時代にあっても、インターネット接続の最大勢力は、相変わらずダイヤルアップなのを忘れてはいけない。同じ総務省の統計で、ダイヤルアップの利用者数は5月末でも約2000万人。ブロードバンドの倍もいるのである。やはりレガシーは強い。
ADSLにしても同様。FTTHが今後、かなりの普及を遂げるにしろ、宅内工事が不要で値段も安価なADSLは案外生き残っていく可能性はある。何しろ、現状ではFTTHを有効に活用できるキラーコンテンツも登場していないのだ。
もう1つの懸念は、解約率の問題だろう。4年後にもADSLが生き残っているとしても、Yahoo! BBの解約率が高止まりしている可能性があれば、この投資は極めてハイリスクとなる。だがソフトバンク広報室は、「このスキームが実現したのは、Yahoo! BBの低い解約率が担保になっている。課金ユーザーに関しては解約率は1%前後」と話している。
ところで、今回の騒動は、企業のアカウンタビリティ(説明責任)の重要さを如実に物語る典型的ケースだったといえるかもしれない。
ソフトバンクはレンタルモデムの規約改定について、Webサイト(しかもかなり分かりにくい場所)に告知しただけで、各会員に対しては直接的な形での説明を行わなかった。6月10日に告知が掲載され、Webのニュース媒体のいくつかが短信の形でこのニュースを掲載し、そして会員の一部が「個人情報」の項目を改定規約の中に発見し、ネット掲示板などに投稿した。これがさまざまに火を付ける結果となった。
この一連の流れの中で、同社は問い合わせや取材に対してはきちんと説明を行ってはいるものの、会員に対しての説明は少なからず不足していたといわざるを得ない。特に今回の規約改正については「個人情報」という極めてナイーブな問題を含んでいる。住基ネットや個人情報保護法などの問題で、個人のプライバシーに関する日本人の意識は過去に例を見ないほど高まっている時代状況だ。個人情報が絡む問題では、企業の側は細心の注意を払い過ぎるほどに払うべきだろう。今回の件に関し、ソフトバンクが自社の姿勢や方針、事実関係などをきちんと記したメールを各会員に送っていれば、その後の会員側の受け止め方はずいぶん違っていたのではないだろうか。
佐々木 俊尚(ささき としなお)
元毎日新聞社会部記者。殺人事件や社会問題、テロなどの取材経験を積んだ後、突然思い立ってITメディア業界に転身。コンピュータ雑誌編集者を経て2003年からフリージャーナリストとして活動中
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