「クリック」を飲み込む「モルタル」〜既存ブランド企業とオンライン企業の融合〜IT Business フロントライン(25)

» 2001年02月23日 12時00分 公開
[磯和春美(毎日新聞社),@IT]

 実際の店舗を表す米語「ブリック&モルタル」をもじり、オンラインでの小売業を指す「クリック&モルタル」という言葉が生まれたのは、まだほんの3年ほど前、1998年ごろだったようだ。

 オンライン・ショッピングを手がけるアマゾン・コムのようなベンチャー企業に対抗して、ウォルマートなどの実店舗を持った大企業が参入してきたことを指して「クリック&モルタル」といったのだが、いまや元の「ブリック&モルタル」は忘れ去られ、「クリック&モルタル」は大隆盛の時代を迎えている。

「バーチャル」と「リアル」の融合

 「クリック」を請け負うオンライン・ベンチャーと、「モルタル」を代表するリアルな店舗網を持つ企業が事業提携することでシナジー効果を期待する動きも盛んになってきた。「クリック&モルタル」はどのような発展を目指しているのだろうか。

 2001年1月、丸善とオンライン専業書店「ビーケーワン(bk1)」を運営するブックワン(東京都文京区)が業務提携することを発表したが、これこそリアル店舗網とオンライン・ショッピング、「クリック」と「モルタル」を分担した提携の例といえる。

 国内のオンライン書店業界は、昨秋のアマゾン・コムの上陸をきっかけに競争が激化しており、bk1は丸善の資本参加を得て、洋書の取り扱いを始める。一方の丸善はオンライン事業の再構築を図るという。

 「リアルな店舗とインターネットを利用したオンライン書店を連携させるクリック&モルタル戦略を本格展開し、顧客の利便性を高め、相乗効果によって相互の売り上げ拡大を図ることができる」(会見で、丸善の村田誠四郎社長)。狙いは企業を超えた「クリック&モルタル」戦略の成立にあった。

競争相手と手を結ぶことで得られる「補完関係」

 これまで、インターネットの電子商取引(EC)は、店舗を持たないベンチャー企業によるものが中心だったといっていい。しかしオンライン・ショッピングが一般の間に広がるにつれ、これまで関心が薄かった、通常の店舗網を持つ流通小売業が新たに参入してくるようになった。

 これら後発の、既存流通で強力なブランドを持つ企業がネット事業を始めれば、勝負は見えている、と思える。実際、米国では「クリック&モルタル」を実行した大企業の多くが、同じ分野でのベンチャー流通業を蹴散らしている。

 しかし、最近では、本業との相乗効果を狙う既存流通業が、EC専業のネット企業と結び付く動きが始まっている。その流れの中では、

ネット上でのショッピング、コンテンツ提供やWebサイト運営のノウハウ、コストは、消費者向けの販売戦略の中で果たして見合うものなのか

既存の流通ルートを利用することで、オンライン・ショッピングの流通コストを下げられないのか

  という点において、リアル店舗とオンライン・ショップ双方がメリットを享受できるような、補完関係が見えてくる。丸善とbk1の事業提携は、顧客の相互活用というメリットに加え、実はバックヤードのコストをそれぞれの得意分野に集中させることで、互いに今まで抱えていたデメリットの軽減を期待するところが大きい。

出版、文具業界では激しい競争が勃発

 書籍は商品として、実にオンライン向きだという。まず、膨大なデータの検索がオンラインでは瞬時に行える。ショップ側も在庫を持つ必要がない。

 ただ、その一方で、本を手にとって見ることができない、顧客と対面してコミュニケーション活動が展開できない点は弱みになる。「これを店舗で補い、また実際の書籍の引き取りも店頭で可能にすれば、顧客サービスが向上し、売り上げを増やすことが可能になる」(bk1の石井昭社長)

 出版業界は長引く不況の中で、売れるのは雑誌だけ、といわれる状況が続いている。ネット書店とリアルな店舗の融合は、こうした不況による経営悪化を避ける1つの道だ。企業の枠を超えて構築される「クリック&モルタル」のケースでは、アマゾン・コムが提携先を探しているといううわさもとびかっている。

 書籍だけではない。文具もまた、膨大な商品数の管理や流通、在庫の問題をクリアするにはオンライン販売に適した分野だ。メーカー最大手のコクヨがトライする「カウネット」によるオンライン・ショッピングは、ライバルであるプラス系「アスクル」との激しい競争になることが予想される。

 そこで、コクヨはアスクルとの差別化を図るため、リアル店舗網(正確には、これまで付き合いの深かった小売店網)を大いに活用する方策を考えた。小売店網は、そのままではマージンを削れない「20世紀型流通構造」のウイークポイントになる。

 しかし、コクヨのビジネスモデルでは、小売店は「カウネット」のエージェントとして、顧客の開拓や代金請求などを手がける。さらにエリア・エージェントと呼ばれる地域総括店では、OA機器の保守サービスやオフィス・レイアウトの作成、ASP(アプリケーション・サービス・プロバイダー)による会計システムのアウトソーシングなど、「オフィスのさまざまなニーズをすべてフォローする」(コクヨ)サービスの拠点とすることにしたのだ。

 これらは、オフィス街で急速に増え始めたビジネス・コンビニにヒントを得たというが、文具の通販に加え、顧客に直接サービスを提供する独立経営の小売店網を活用することで大きなビジネスチャンスにつなげることができた例だ。

形勢逆転、「クリック」を飲み込む「モルタル」

 米国では「クリック&モルタル」の言葉ができた3年前、オンライン・ショップは「ブリック&モルタル」を駆逐する、という危機感が小売業にはあった。しかし現実には、「ブリック&モルタル」が本格的にオンライン・サービスに乗り出すことで、形勢は逆転しつつある。

 日本でも1999年末から大手コンビニ、スーパーなどがオンライン・サービスに次々に参入。「クリック&モルタル」の強みである「実際の流通網とレジスターを持っている」効果を遺憾なく発揮している。

 しかしそこで彼らはさらに1歩進んで、商社や旅行関連企業、書籍、車、音楽配信など、オンラインやリアル店舗の区別なく、合従連衡で体制作りを進めている。オンラインのサービスは、オンラインが得意なベンチャーやオンサイト業者に任せる、という合理的な考え方は、いち早く「モルタル」側の企業から広がり始めている。

 いまや、利用者側の見えないところで、町の店舗が実はどんどん「クリック&モルタル」の枠組みに取り込まれつつあるのだ。いや、実は、取り込まれているのは「クリック」側のドットコム企業かもしれない。

Profile

磯和 春美(いそわ はるみ)

毎日新聞社

1963年生まれ、東京都出身。お茶の水女子大大学院修了、理学修士。毎日新聞社に入社、浦和支局、経済部を経て1998年10月から総合メディア事業局サイバー編集部で電気通信、インターネット、IT関連の取材に携わる。毎日イ ンタラクティブのデジタル・トゥデイに執筆するほか、経済誌、専門誌などにIT関連の寄稿を続けている。

メールアドレスはisowa@mainichi.co.jp


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