昨年のIT業界で、ブレイクするのではと思われながら、期待をまったく裏切ったのが公衆無線LANサービスだった。
無線LANは、ネットワークに接続したステーションとパソコンなどの端末が、無線を介してデータをやり取りする仕組み。オフィスや家庭でもかなり普及しているが、このステーションを街中にアクセスポイント(AP)として設置し、外出先でも使えるようにしたのが公衆無線LANサービスだ。1つのAPがカバーできるサービスエリアは十数メートル範囲と狭いが、実効値で5Mbps程度とPHSや第3世代携帯電話の数十倍の通信速度を出せる。
回線さえ敷設されていればAP構築は5万円前後で可能で、ノートパソコンで無線LANを利用するためのカードも1万円以下と安価。昨年前半には、1〜2年後には都市部ではほとんどの地域で無線LANサービスを利用できるようになるものと期待されていた。
実際、無線LANの商用化を狙って、昨年ごろから大手通信事業者の試験サービスへの参入が相次いだ。NTTグループでは、NTT東日本が東京都心部のホテルなどと提携、NTT西日本もロッテリアや上新電機の店舗など約60カ所にAPを設置、NTTコミュニケーションズもモスバーガーやビックカメラなど250カ所以上のAPを確保した。また、ソフトバンクグループのBBテクノロジーは、マクドナルドなど約200店舗と提携した。ソフトバンクの孫正義社長は無線LANサービス開始の記者会見で、「ファーストフード店に加えて、全国の学校には要望があれば無料でAPを設置する」とぶちあげだ。そのほかにも、KDDIや日本テレコム、鷹山などが参入。まさに百花繚乱の趣だった。
人が多く集まる“一等地”では、APの設置をめぐって陣取り合戦も勃発した。通信系のベンチャー企業であるモバイルインターネットサービス(MIS)は駅構内へのAPの設置をJR東日本に申し入れたが、同社は「業務用の無線と電波干渉の恐れがある」としてこれを拒否。ついには、MISが総務省に裁定を申し入れる騒動にまで発展した。
しかし、こうした無線LANをめぐる熱狂は、半年ほどで急速に萎んでしまった。利用者が各社の思惑通りに増加しなかったからだ。ADSLで最大の利用者を抱えるBBテクノロジー(ヤフーBB)こそ約5万人のユーザーを獲得しているが、NTTコミュニケーションズやNTT東日本は数千人程度、NTT西日本では1000人ほどしか利用者を獲得できなかった。各社に先駆けて2002年4月にサービスを開始したMISは、2002年末でサービス休止に追い込まれた。
今年になってからは話題になることが少なくなっていた無線LANサービスだが、ようやく追い風が吹き始めている。インテルは、ノートパソコン向けの新CPU、チップセット、無線LANカードの3点セットを「セントリーノ」と命名。3月から大々的なプロモーションをかけている。読者の皆さんも、無線機能を強調したテレビCMを1日に何度も目にしているはずだ。セントリーノを搭載したノートパソコンも4月から各メーカーが投入を始めている。もちろんセントリーノ以前にも無線LANカードを内蔵したノートパソコンは当たり前のように存在したが、一般消費者の興味がより無線LAN機能に集まるのは間違いない。
また総務省は2004年内にも法律を改正し、屋外での無線利用の制限基準を緩和することを検討している。現在は、出力10ミリワット以上の無線基地局の設置には許可が必要。これを緩和し、登録だけで設置ができるようにする方針だ。実現すれば、よりカバー範囲の広い無線LANのAPを容易に設置できるようになる。
ただし、公衆無線LANサービスの本格普及には依然として課題が残っている。まず、ローミングの実現。現在の無線LANサービスは、異なるサービス提供業者のAPを利用することはできない状況にある。場所を選ばずサービスを利用しようとすれば、各業者と契約しなければならないことになる。1つのAP当たりのカバー範囲が狭い無線LANで面的にサービスを提供しようとすれば、各社が互いのAPに相互乗り入れするローミングが欠かせないが、一部業者間で実現している程度だ。
ビジネスモデルにも課題が残る。通信各社はAPの設置拡大に、大手ファーストフードチェーンや大手喫茶店チェーンなどの力を借りようとした。無線LANの効果で集客が見込めるため、設置費用の一部を負担してもらえるとの期待があったためだ。しかし、集客が見込めてもパソコン利用で長居する客が増えれば、店にとってはマイナスになる場合もある。全店へのAP設置を決めるなどといった無線LANに対して極めて積極的な態度を示すチェーン店は、現れていない。結局、各社は自らの負担でAPを設置しなければならないことがはっきりしてきている。
筆者は初めて無線LANを目にしたとき、「ユビキタスネットワークを実現する切り札はこれだ」と実感したことをよく覚えている。帯域に余裕のない携帯電話では安価なデータ通信サービスを望むのは不可能に近いし、通信速度もそれほど速くはない。しかも、キーが少ないため効率的に入力ができない携帯電話は、決してパソコンの代わりにはならない(第83回「モバイルはネットビジネスの主役か?」参照)。筆者は、外出中や出張中でも携帯電話でインターネットサービスを利用することはほとんどない。効率が悪く、時間の無駄だからだ。
パソコンを、屋外で、安価に、高速にネットに接続する手段として、公衆無線LANサービスは相当優れている。それだけに、もう一度よみがえって欲しいと願うのだが。
高橋智明(たかはし ともあき)
1965年兵庫県姫路市出身。某国立大学工学部卒業後、メーカー勤務などを経て、1995年から経済誌やIT専門誌の編集部に勤務。現在は、主にインターネットビジネスを取材している。
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