進まない地上波テレビのデジタル化 放送業界と家電業界が消極的な理由IT Business フロントライン (79)

» 2002年04月26日 12時00分 公開
[磯和春美(毎日新聞社),@IT]

 総務省が旗振り役となって、テレビ放送の“地上波デジタル化移行計画”が進められている。2003年には、東京・名古屋・大阪の3大都市圏でデジタル化が始まり、2006年には地方局、さらに2011年には現在のアナログ放送が全面停止される予定だ。テレビがデジタル化されれば、多チャンネル化やデータ放送、高画質放送、インタラクティブ番組など、放送自体の多様化も進む。しかし、先行するBS(放送衛星)デジタル放送の不振や、テレビ局側のコスト負担の大きさへの不満、準備作業の遅れが響き、実際には来年から地上波デジタル放送が実現するかどうか、まだ先の見えない状況だ。視聴者の立場からすれば、「いつテレビやアンテナを買い替えなければならないの?」と聞きたいものの、誰に言えばいいのかも分からない状態。地上波テレビのデジタル化が進まない現状を考えてみた。

ローカル局の反対で先送りとなる“アナアナ変換”

 地上波デジタル化の見直し論が出てきたのは2001年末だった。放送業界に詳しい日本総研の西正・メディア研究センター所長によると「デジタル化に不可欠な“アナアナ変換”の費用が、予定されていた727億円の約3倍に当たる2000億円以上に膨らむ見通しが明らかになったため」だという。

 アナアナ変換とは、あらかじめ現行のアナログ放送の周波数を別の周波数に移し、デジタル放送用の周波数帯を確保する作業のことで、現状のアナログ放送とデジタル放送の電波を近い周波数帯で過密に混在させると、混信の可能性があるため必要な措置だという。アナログからアナログへの変換なのでこう呼ばれるが、周波数が変わるということは、テレビ受像機のチャンネル設定が変わるということ。また、放送局側でも中継局新設費用などの負担もある。これは、2001年度から実施される予定だったが、現在のところは先送り状態になっている。

 これは、デジタル化の認知度が低い視聴者からの非難がテレビ局に集中することは目に見えており、さらに「デジタル導入後の混信などを防ぐためには、当初よりもきめ細かい対応をしなければいけない」(西正所長)ことが分かったため、増加したコストの負担をいやがるローカル局各社が、こぞってアナアナ変換に反対しているためだ。

家電メーカーは様子見

 アナアナ変換が進まなければ、スムーズなデジタル導入が難しくなる。片山虎之助総務相は最近の会見で「2003年に3大都市圏、2006年にそのほかの県域で始めてもらう方針は変えない」と述べたが、担当する総務省幹部は「実際には、ある地域をまず前倒しで行うとか、そうした時期のばらつきはありえる」と認めている。

 しかし、そうなると今度はテレビやチューナー、アンテナを販売したい家電メーカーの販売戦略が複雑になり過ぎ、さまざまなコストがかさむことになる。家電メーカーは「デジタルテレビとアンテナの開発や製品化は進めているが、販売戦略などはまだ白紙」(大手メーカー幹部)と様子見の状態だが、腰が引け気味であることは隠せない。

 その理由の1つは、2000年12月に鳴り物入りで始まったBSデジタルの不人気にある。業界では3年間で1000万台を売る計画だったが、今年2月末時点では、ケーブルテレビ視聴を除くとチューナーやBS内臓テレビを含めて約110万台程度に留まっているという。これでは地上波デジタル放送向けの機器で果敢にリスクを取りにくいだろう。2003年のデジタルテレビ発売がいつの時期になるのか、業界側も手探り状態というのが実情なのだ。

国もイニシアティブを取りきれない状況

 在京のテレビ局はすでに東京タワーに専用アンテナを取り付けるなど、準備に入っているが、その一方で、「デジタル化は国の政策として責任を持ってやってほしい」(NHK首脳)と、ローカル局との間でもめているアナアナ変換費用を国が負担するよう求める声もあがっている。キー局としてはローカル局にコスト負担せよとは言えないが、事態を長引かせたくもないのだ。

 2011年にアナログ放送が全面停止となるまでは、放送局はデジタルと同じ番組をアナログで並行して放送する義務(サイマル放送)がある。これは視聴者のための移行措置で、アナログ放送中止までは従来のテレビで番組を見ることができるが、同じものを放送するのだからテレビ局にとってはコスト増となる。デジタル化への完全移行が遅れサイマル放送が長引けば、テレビ局のコスト負担も続くことになる。

 もちろんそうなれば、家電メーカーもアナログテレビとデジタルテレビの2本の商品ラインをかかえ続けることになり、販売管理コストがかさむことになる。デジタルテレビ製品が売れてくれれば市場の新たな開拓と拡大につながるだろうが、ローカル局の反対が長引けば、サイマル放送の期間も長引く。視聴者サイドのデジタルテレビへの認知度が低ければ、やはり移行が遅れ、サイマル放送期間が長引く。サイマルが続いている限り、アナログテレビ販売を中止する時期の判断は微妙なものとなるだろう。「それならいっそ、デジタル放送開始自体が遅れてくれても構わない」(大手家電メーカー首脳)という本音が飛び出すのも分からなくはない。

 コスト負担がくびきになって、なかなかデジタル移行は進まない。しかし移行期間が長引けばさらなるコスト増は目に見えている。コストのジレンマのはざまで、身動きがとれないテレビ局や家電メーカーにとって、まだ誕生していない日本のデジタル放送市場はあまり魅力ではないようだ。まして視聴者にとっては、見たこともないデジタル放送を魅力的に感じる理由はありそうもない。ロードマップを示した総務省が必死に進めるデジタル化だが、いまの状況では弾みがつく材料が見当たらない、という状況にあるのだ。

Profile

磯和 春美(いそわ はるみ)

毎日新聞社

1963年生まれ、東京都出身。お茶の水女子大大学院修了、理学修士。毎日新聞社に入社、浦和支局、経済部を経て1998年10月から総合メディア事業局サイバー編集部で電気通信、インターネット、IT関連の取材に携わる。毎日イ ンタラクティブのデジタル・トゥデイに執筆するほか、経済誌、専門誌などにIT関連の寄稿を続けている。

メールアドレスはisowa@mainichi.co.jp


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