最近流行のインキュベート事業に思うこと〜本当に日本に根付きプラスとなるかは今後の動向しだい〜IT Business フロントライン(3)

» 2000年08月26日 12時00分 公開
[三浦 優子,@IT]

 お盆休みの真っ最中、朝日新聞を見たら、「起業する米国」という連載記事が掲載されていた。その名のとおり、米国のベンチャー企業事情を取材したものだが、第1回目のタイトルを見て、ぶっ飛んだ。

立ち話から50万ドル 余るカネ、アイデアに投資

 ……お金っていうものは、あるところにはあるらしい……うらやましいもんだなあと思ったが、「余るカネ」という言葉は米国だけの話ではなく、日本にも当てはまるんではないかという気がしてきた。

 その証拠ともいえるのが、「インキュベート」という新しい事業形態が、急速に日本に定着してきたことだ。新しい企業を興した結果、資金を得た起業家が、その資金を新たなベンチャー企業に投資する……余っているかどうかはわからないけれど、投資するだけのお金を持った人が、米国と同様、日本にも出てきたということだろう。

 手帳をひっくり返してみたら、今年1月、伊藤穣一氏率いるネオテニーが、インキュベートという形態でグループ企業を作っていくことを発表する記者会見を行ったのを皮切りに、4月にはアットマーク・アイティ(@IT)が属するサンブリッジ、6月にはビジネスカフェジャパンと、私が参加しただけでも、3つのインキュベート事業の発表が行われていた。

 去年までは、インキュベート事業を行うという会見の数がそんなに多かったとは思えない。やはり、2000年はインキュベート事業が日本で本格的に始まった年といっていいのではないか。

 ベンチャー企業に資金を提供するといえば、ベンチャーキャピタルがまず思いつくが、インキュベートという事業形態は単なる資金提供にとどまらず、経営にプラスになる助言をすることが特徴だ。伊藤穣一氏はこれについて、「企業を興した経験から、ここでこういう助言をもらっていたら、もっとスムーズに事業が立ち上がったのにと思う場面がたくさんあった」と記者会見で説明した。自らベンチャー企業を立ち上げた経験がある人の言葉だけに、これは重みがあった。

 さらに、サンブリッジを率いるアレン・マイナー氏は、「助言を聞けないような経営者が率いる企業には投資する価値はない」と指摘する。確かに、パソコン産業草創期にも多くのベンチャー企業が誕生したものの、現在まで残っている企業はそう多くない。その原因の1つが、経営面の不備であったことは間違いない事実。正しい助言をする人と、それを聞き入れる経営者の二人三脚はあってしかるべき組み合わせだと納得できる。

 しかし、インキュベート事業にも少々疑問はある。

 最大の問題は、事業として成り立っていくために、どう資金を回収するのかというところである。

 ビジネスカフェジャパンの平川克美社長は、「米国で同様の事業を行ったものの、資金回収がスムーズにできないことが最大の悩み。投資した企業のIPOは1つの資金回収方法だが、ランニングタイムが長くかかりすぎる」と正直な感想を漏らしていた。その結果、大企業などから仕事を請け負い、ベンチャー企業に仕事を依頼するという形態をとることで、短期的にも資金回収ができる仕組みを作ったという。この方式であれば、「ベンチャー企業側にも、仕事を行う意欲が出やすくなる」というから、ベンチャー側のメリットをふまえた方法を苦心して編み出したというところだろう。かなり知恵を使わなければ、ベンチャーを育成しながらの事業化は難しいのも事実だ。

 しかも、インキュベートといいながらも、一攫千金を狙う輩も出てくる恐れは拭いきれない。

 日本でも、今年の上半期までは東証マザーズなどに上場した企業がバカ高い株価をつけ、「投資した企業がIPOすれば大きなキャピタルゲインが期待できる」という現象も起こったし、創業者も大きなキャピタルゲインを得て、「使い道がほかにないから、ベンチャー企業に投資する」という現象も起こった。サンブリッジのマイナー氏は、「IPOを最終目的にするベンチャー企業ではだめだ」と釘を刺すが、マイナー氏のように高邁な理想を持ってベンチャー企業を見てくれる人ばかりがいるわけではない。

 ある企業では、「3年でIPOできない事業は、他社に売却したり、休止したりすることもあり得る」と話していたが、それはあまりに狭い視野でしか企業を見ていないようにも思える。ITバブルはいつまでも続くわけはないし、ITバブルを期待して資金投資をする投資家なんぞがたくさん出てきては、ベンチャー企業にとっても迷惑なだけだろう。

 そういう意味で、インキュベート事業が本当に日本に根付いていくかは、ITバブルが終焉したといわれるこれからにかかっている。

 以前のような高い株価がつかなくとも、ITベンチャー企業に投資をする投資家がいて、適切な助言をしてくれる。経営者側もそれを聞き入れて、事業を続けていく――このサイクルがきちんと回りだしたら、日本でも本格的にインキュベート事業が成り立ち始めたといってよいのではないだろうか。

筆者プロフィール

三浦 優子(みうら ゆうこ)

1965年、東京都下町田市出身。日本大学芸術学部映画学科卒業後、2年間同校に勤務するなど、まったくコンピュータとは縁のない生活を送っていたが、1990年週刊のコンピュータ業界向け新聞「BUSINESSコンピュータニュース」を発行する株式会社コンピュータ・ニュース社に入社。以来、10年以上、記者としてコンピュータ業界の取材活動を続けている。

メールアドレスはmiura@bcn.co.jp


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