2002年8月9日に掲載した「SE派遣業に職安が違法警告」に対して、読者の方からかなりの反響があった。今回は以前の記事で説明不足だった点も含めて、この問題に対する筆者の考えを書き加えることにする。
この記事では、あるIT業界専門の人材派遣業者が、労働者派遣法で禁じられている「多重派遣」を恒常的に行っていると、公共職業安定所から警告を受けたことを紹介した。記事の後半で、「現行の労働者派遣法はIT業界の人材サービス業の現状にマッチしておらず、労働者派遣法をあまり厳密に適用するのはIT業界の活力を失わせるのではないか」と書いたところ、「中間搾取が横行しているために、われわれ派遣労働者は正当な報酬を受け取っていない。筆者は実態のひどさを知らないで記事を書いている」といったご批判をかなりいただいた。
論点としたいのは、果たして多重派遣を厳しく取り締まり中間搾取をなくせば、末端の派遣労働者が正当と思われる報酬を受け取れるようになるかどうかである。筆者は必ずしもそうはならないと考えている。@IT会議室に寄せられたご意見の中には、土建業界のいわゆる「丸投げ」と多重派遣を同一視するものがあったが、この2つの間には根本的な違いがあることを指摘したい。
土建業界の丸投げは、例えば「発注先の地元の業者しか受注資格がないが、地元の業者では施工能力がないため、他社にそのまま丸投げする」「大手ゼネコンが代表して受注したが、発注先の地元への利益誘導のため丸投げする」といった状況で発生する。「土建業界の市場が縮小するなか、本気で受注を争っていては多くの企業が倒産してしまう」と業界が考えているからだ。談合も同様の事情から発生しているものだろう。市場原理に基づく健全な競争が行われていないわけだ。丸投げにより発生する中間コストは、発注元から見れば本来はまったく必要のないものであり、「死に金」となっている。
しかし、筆者が取材した限りでは、IT業界の人材派遣業の場合は事情が異なる。建築業界が「受注を独り占めしてしまえばより儲かるのは分かっているが、他社にも利益をおすそ分けしないと業界内部から非難されるため丸投げしている」のに対して、人材派遣業では「受注を独り占めできればより儲かるのは分かっているが、他社にも手伝ってもらわないと案件をこなせないから仕方なく多重派遣を行っている」というのが実情のようだ。
@ITの読者の方はよくご存じのように、一口にSEと言っても求められる能力やスキルはさまざまである。顧客企業のあらゆる要求に応えられるように派遣業者が準備しておこうとすれば、それに必要なコストは莫大なものとなるだろう。
つまり、建築業界のように「なあなあの関係」から丸投げしているのではなく、自社単独での遂行と多重派遣を天秤にかけた結果、後者の方が安上がりだと判断しているから多重派遣を選択しているわけである。多重派遣に、社会的な経済合理性があると言い換えてもいいだろう。
こうした状況のまま多重派遣が不可能になると何が起こるか。おそらくサービス単価が高騰するに違いない。プロジェクトの発注元がその負担に耐えられなくなれば、注文は日本よりも単価の安いインドや中国に流れるだろう(すでに一部ではこうした動きは始まっている)。
結局、派遣業者が競争環境のもとで経済合理的に行動している限り、多重派遣をなくしても単にそれだけでは派遣労働者の報酬増加はそれほど期待できないはずだ。
筆者は決して、多重派遣を野放しにしろと言っているのではない。しかし、多重派遣問題の根は深い。筆者の知る限り、IT関連の人材派遣業者で多重派遣に手を染めていない業者はほぼ皆無である。業務請け負いの形を装って人材派遣を行っているケースも多く、監督官庁の公共職業安定所も実態を把握し切れていないのが実情だ(業務請け負いは職安の担当外)。
問題は、適当な人材を効率的に配置できる仕組みを業界が持っていないことにある。この点を解決しない限り、多重派遣だけを槍玉にあげても派遣労働者が報われることはないだろう。
高橋智明(たかはし ともあき)
1965年兵庫県姫路市出身。某国立大学工学部卒業後、メーカー勤務などを経て、1995年から経済誌やIT専門誌の編集部に勤務。現在は、主にインターネットビジネスを取材している。
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