勝ち組アスクル、ビジネスモデルの本質 年間売り上げ1000億に到達するその成長の要因は?IT Business フロントライン(108)

» 2003年02月07日 12時00分 公開
[高橋智明@IT]

 オフィス用品の通信販売最大手であるアスクル(注1)の成長が続いている。2002年11月中間期の単独売り上げは前年同期比で約15%増の540億円、経常利益も同30%増の24億円。通年では初めて売上高が1000億円を突破する見込み。経常増益も6年連続で達成しそうだ。

中小企業マーケットを切り開いたアスクル

 アスクルのビジネスモデルは、文房具やOA機器などのオフィス用品の注文を企業からインターネットや電話、FAXで受け付け、原則として翌日に届けるというもの。デフレ化でほとんどの小売り・流通関連企業が前年並みの売り上げを維持するのさえ困難な中、アスクルの好業績は際立っている。では、その要因はどこにあるのか。

 まずアスクルは、それまでになかった新たな市場を開拓した。小規模な事業所をターゲットにしたオフィス用品の小売りである。大企業の場合、出入りの業者の営業員が各部署を回って注文を取ったり、担当部署が各部の注文を取りまとめてくれる。しかし小規模な事業所の場合、そのようなサービスを受けられず、文房具店に出向いて定価で購入することを余儀なくされていた。パソコンなどのIT機器がオフィスに普及したことで、必要なオフィス用品がますます増えていたにもかかわらずである。

 注文量が少ないため1カ所ずつ営業員が回っていては、コストが掛かり過ぎる。とはいえ、日本の企業の大多数は中堅・中小である。マーケットとしては大きく通販方式で各注文を拾っていけば莫大なものとなる。この点に気が付いたことに、アスクルの先見性があった。現在では、アスクルの登録顧客数は200万を超えている。

社内ベンチャーから殻を破って成長

 アスクルは、大手文具メーカー、プラスの子会社である。もともとは、プラスの製品を既存の流通経路とは別に直販するための社内プロジェクトが、アスクルの起源だ。サービス開始は1992年。アスクル事業室がプラスから独立・分社化したのは1997年である。当初はなかなか利用が伸びなかった。

 成長のきっかけは、顧客の要望にこたえてプラス以外の製品の取り扱いも始めたことだ。何しろ社内の一部署が他社の製品を売るわけである。相当な反発があったのは想像に難くない。ここで顧客の利便性を第一に考えていなければ、現在のアスクルの姿は決してなかっただろう。他社製品も取り扱うことで売り上げが急増し、結果としてプラス製品の売り上げも増える結果となった。

 アスクルのビジネスモデルは、単純な直販とは多少異なる。取り扱い製品を掲載したカタログの配布、顧客からの注文受け付け、注文品の配送はアスクルが行う。在庫を抱えるのもアスクルである。しかし、新規顧客の開拓と料金の徴収はアスクルではなく、アスクルと提携したオフィス用品の小売店が行っている。

 小規模な事業者にオフィス用品を値引き販売するアスクルの登場に対して最も脅威を感じたのは、もちろん同じく小規模な事業者を相手に商売していた小売店に違いない。しかしアスクルは、小売店もビジネスチェーンの中に取り込むことで、無用な競争を巧みに回避している。小売店はアスクルと提携することで、自らが開拓した顧客の売り上げのうち約10%を受け取っているようだ。もしアスクルがこの仕組みを採用していなければ、小売店との価格競争に巻き込まれていたはずだ。そうなれば増収と増益を両立させることはおそらく不可能だった。

日本型成功の秘けつ

 アスクルのビジネスモデルを、米国アマゾン社のそれと比較すると興味深い。ビジネスチェーンのほとんどの機能を自社で賄っているアマゾンは、徹底的な価格競争を勝ち抜き売り上げを倍々ゲームで急伸させてきた。ところがサービス開始から8年たっても黒字体質を確立できていない。アスクルの生みの親であるプラスの今泉嘉久社長は、「買い手だけでなく、売り手側も満足するような仕組みでなければ商売は長続きしない」という。

 こうして見ると、株式市場からはIT関連銘柄の代表として考えられ、EC(電子商取引)の勝ち組として語られることも多いアスクルだが、その成功の本質はITとは関係ないところにあることが分かる。インターネットは、注文を受け付けるチャネルの1つにすぎない(開業したときはFAX受け付けがメインだった)。アスクルの場合、ビジネスモデルの幹自体に競争力があるわけで、決して枝(=注文の受け付け方)で勝負しているわけではない。

 ただし今後は事情が異なってくる。オフィス用品最大手のコクヨが通販に進出するなど、アスクルが開拓したMRO市場への新規参入が相次いでいる。新規の顧客増加が鈍化したとき、成長性を維持するには既存顧客の深掘り、つまり顧客単価の引き上げが必要となる。そこで最も有望なのが、ネットの活用である。電話やFAXと異なり、ネットでは過去の購入履歴から顧客ごとに推奨品を提示するといった販促サービスが安価に行えるからだ。今後は枝の良しあしがアスクルの成長性を左右するかもしれない。

(注1)アスクル

Profile

高橋智明(たかはし ともあき)

1965年兵庫県姫路市出身。某国立大学工学部卒業後、メーカー勤務などを経て、1995年から経済誌やIT専門誌の編集部に勤務。現在は、主にインターネットビジネスを取材している。


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