「ワン切り」とはうまい名前を考えたものだ、と思っていたら、この言葉はもともと、携帯電話文化が普及し始めたころに、女子高生などの間で生まれた言葉だという。通話料金を払うのがいやなので、友人の携帯電話に1回だけコールして切る。携帯電話には着信履歴が残るから、相手がコールバックしてくる。それからゆっくり話せば、長電話しても通話料金は相手持ち。ちゃっかりしているといおうか、いかにもありそうな話だ。
一方、最近世間を騒がせている「ワン切り」は、相当悪質だ。不特定多数の携帯電話番号をプログラムで生成して大量発信を繰り返し、ワンコールで切る。かけられた側は知人からの電話と誤解して、折り返し電話をかける。すると、わいせつな有料番組などにつながり、うっかり聞き続けてしまうとあとで料金請求がくる、という仕組みだ。これらはすべてプログラムで自動化されており、業者はシステムを作ってしまったら待っているだけでよい。通信料も一切支払う必要がない。
これにまつわる都市伝説は、比較的早い段階から生まれている。昨年夏には「この電話番号にコールバックすると(コールバックしただけで)何万円もの請求書がくる」などと書かれた注意喚起のメールがあちこちに出回った。内容にはほとんど信憑性のないものだったが、これらの業者がまだ「悪質なワン切り」として認識される前に、見知らぬ番号にコールバックするときには注意が必要だという認識を広めた。
ところがワン切りはついに、一般社会に多大な迷惑を及ぼすところまできた。7月に2回、大阪府、兵庫県などで真昼間に大規模な通信障害が発生したのだが、NTT西日本によると、これは大阪市北区のワン切り業者が原因だという。
この業者は今春からINS1500という光ファイバ回線をNTT西日本と契約。トラブル直近では18本の回線、通常の電話に換算すると最大432回線分を保持していたという。トラブルの当日はコンピュータ・プログラムによって毎分3000回近い発信を繰り返し、交換機の処理能力を超えるコールを発生させた。さらに中継交換機にも過負荷が生じ、NTT西日本が業者の回線を切断する前に、先に一般回線の規制を行ったため一般の加入電話がかかりにくくなった──というのがトラブルのあらましだ。
平日のビジネスタイムに、企業が突然電話不通になることの損害は大きい。一般の家庭でも、緊急の連絡を取りたいのに電話がつながらない、などの被害が生じていると予測される。
ワン切りは、当初、料金請求の問題などで認知された。ワン切りについて苦情相談を受けている国民生活センターなどでは「見覚えのない着信記録にはかけ直さない」、「ただかけ直しただけなら(番組料金の)支払い義務はない」などと説明、注意を呼びかけていた。とはいえ、かけ直した場合の通話料は利用者持ち。ビジネスに利用している携帯電話なら、見覚えのない番号でもコールバックして確かめざるを得ない。利用者側の不満はたまる一方だった。
今年4月に警視庁保安課などがワン切り業者を逮捕したが、これも容疑は「わいせつ物公然陳列」。どうにも隔靴掻痒の感は免れなかった。
そこに今回の通信障害だ。
2回目の通信障害時に、NTT西日本は業者の回線を切断した。しかしこの切断も、何度もの警告の末であり、素早い断固たる対応とは言いにくい。実際、こうした行為を禁止する法律も、契約約款もなかったのが現状なのだという。
総務省の金沢薫事務次官は、「電気通信事業者には役務提供が義務付けられているので、法的に規制措置を取ることは非常に難しい」と説明。つまり、NTTが個別に契約約款などで対応すべき事例だとの見解を明らかにした。
NTT側は、「法律がない以上、今後の対応はやはり契約約款ベースにならざるを得ない」と泥縄ながら契約約款変更に乗り出すとともに、ワン切り業者に罰則を科せるよう法整備を国に求めていることが明らかになっている。総務省も、「約款でトラブルが解消されなければ、『迷惑メール』に対するような法的整備も検討する必要がある」としている。
しかし、迷惑メールもせっかくの法整備後、それほど減ったわけではない。まして、ワン切りは実際の通信回線を途絶させてしまうほどの被害をもたらしているのだ。悠長な対応との批判が起きるのも当然だろう。
これらの業者は電話網という社会的インフラにただ乗りし、コールバックの費用を詐欺まがいの行為で利用者に負担させ、まったく関係のない第三者の通話まで妨害している。通話する意思がまったくない発信行為が、一般の通信を妨害するのは本末転倒だ。こうした行為をする業者に、大量発信のメリットが生じなくなればいいのだが、法規制以外に何か良いアイデアはないものだろうか。
ちなみに、冒頭の女子高生ワン切りは、「ワン切りをもらった相手が、かけてきた相手にワン切りで応答する」→「それにまたワン切りで応答」→「さらに再びワン切りで……」というループに陥り、あっと言う間に廃れたそうだ。この言葉を教えてくれた女子高生は「こっちからちゃんと電話するのは、ほんとに話したいときだけだよねー」とのこと。こちらは一足先に、まともな電話の使い方に回帰しているようだ。
磯和 春美(いそわ はるみ)
1963年生まれ、東京都出身。お茶の水女子大大学院修了、理学修士。毎日新聞社に入社、浦和支局、経済部を経て1998年10月から総合メディア事業局サイバー編集部で電気通信、インターネット、IT関連の取材に携わる。毎日インタラクティブのデジタル・トゥデイに執筆するほか、経済誌、専門誌などにIT関連の寄稿を続けている。
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