WonderWitchとはなにか?
WonderWitchは、携帯型の家庭用ゲーム機であるワンダースワン(WonderSwan)上で実行するアプリケーションソフトを開発するキットである。
ワンダースワンは、玩具メーカーとして有名なバンダイが販売しており、1999年3月4日の発売開始以来の累計出荷台数が、150万台を突破したとアナウンスされている。ライバル商品は、任天堂のゲームボーイシリーズあたりと考えれば良いだろう。こちらの方はモノクロモデルだけで2000万台以上販売されているが、すでに1989年から販売されている古顔なので、単純に台数だけの比較は意味がないだろう。
WonderWitchそのものは、有限会社キュートの開発となっている。その内容は、専用のOSを組み込まれたフラッシュメモリカートリッジと、通信ケーブル、それから開発環境を含むCD-ROMから構成されている。この他に、WindowsパソコンとWonderSwan本体があれば、すぐにゲーム作りを始められる。開発用のプログラム言語は、LSI-CのWonderWitch専用版と、Turbo-C 2.0英語版が添付されており、専用のインクルードファイル、ライブラリと併用して使用する。内部構造に依存する部分があるため、やや特殊なプログラミングが必要であり(たとえば、スタックセグメントとデータセグメントが異なる等)、また、ワンタッチでモジュールをビルドする統合開発環境なども存在しないため、難易度は決して低くはない。たとえば、自分で思い通りのゲームを作るというコンセプトの商品(たとえば、アスキーより販売されているRPGツクールなどの商品)と異なり、プログラミングに関する本格的な基礎的素養がなければ、使いこなせない。その代わりとして、かなり本格的なプログラミングも可能であり、フラッシュメモリの容量が384Kバイトとやや少ないことを除けば、市販ソフトに匹敵する品質のものが、開発可能だと言える。
ゲーム業界のビジネスモデル
WonderWitchは、これまで完全に分離していたゲーム業界とパソコン業界の間に、ビジネスモデルの橋を渡すという画期的な商品と言える。もともと家庭用ゲーム機と、パソコンは、非常に似通った部品からできている。しかし、両者はビジネスモデルがまったく異なっており、パソコンソフトを開発するような感覚で、家庭用ゲーム機のソフトを開発することはできず、また販売することもできなかった。そのおもな理由は、ハードウェアの開発元が収益を得るビジネスモデルの違いにある。パソコンは、パソコンの代金でパソコンの開発コストを回収するのに対して、家庭用ゲーム機では、それ専用のカートリッジやCD-ROMの製造を一手に引き受けることで開発コストを回収する。つまり、本体は安く販売して普及を図り、ソフトの製造で元を取るということだ。従って、ゲーム業界にあっては、誰でも自由のソフトを作る、ということは許されない。ソフトを開発するためには、本体を開発した企業と契約を交わし機密情報の開示を受け、そして、開発されたソフトの製造を必ず委託しなければならない。これに対して、パソコン業界は、誰がどんなソフトを作って売っても構わない。技術情報も、契約などは必要なく、容易に手に入る。
しかし、家庭用ゲーム機で手軽にプログラムを作りたいというニーズは高く、さまざまな家庭用ゲーム機で、そのためのツールが提供された事例も少なくない。だが、例外なく、これらは1つのハードルを越すことができなかった。つまり、開発したソフトを、ユーザー間で自由に交換するということが禁止されていたのである。これでは、作ったソフトを売るということもできないし、もちろんビジネスなどに結びつけることは出来ない。また小さなソフトから始めて、徐々に会社を成長させていくという戦略も採れない。
この閉塞的なゲーム業界のビジネスモデルに、おそらく初めて風穴を開けることに成功したのが、WonderWitchである。WonderWitchの戦略は、以下のようなものだ。
- ソフトの利用には必ず専用カートリッジが必要なので、ハード製造メーカーの利益が確保される
- 専用BIOS/OSを持つことにより、ハードウェアに関する機密情報を開示せずにアプリケーションソフトの開発を可能にする
- 専用カートリッジには専用BIOS/OSが書き込まれている必要があるので、専用カートリッジの互換品の製造は非常に困難 (専用BIOS/OSをコピーするのは完全な違法行為)
つまり、この条件が揃うことによって、ハードメーカーが損をすることなく、自由なアプリケーションソフト開発を許容することが可能になったわけである。
無限の可能性、無限のビジネスチャンス
これまで趣味でゲームのプログラムを作成していた者であれば、WonderWitchの意義はすぐに理解できるだろう。これまで、いくらプログラムを作成しても、どこの家庭にもある家庭用ゲーム機でそれを実行することができなかったのだ。もちろん、強引に実行してしまっている者達がいないわけではない。だが、純粋に趣味でやるならともかく、いつかは仕事にして……、と思っているなら、ゲーム業界に喧嘩を売るようなことができるはずもない。しかも、それを実行するためには、かなり高度な技術力を要する。
だが、WonderWitchを使えば、すべて解決する。自由にプログラムを作り、それを自由に配布することができる。シェアウェアとして売ることも可能だ。また、専用カートリッジが2個あれば、通信ケーブルで2台のワンダースワンを接続することで、容易にプログラムを受け渡すことができる。自作のプログラムをちょっと友達にあげる、ということも簡単なのである。
実際、WonderWitchによるプログラムは楽しい。まさに、8bitパソコン時代の、ホビープログラミング全盛時代を彷彿とさせるものがある。
だが、これは、ほんの小さな発端に過ぎない。WonderWitchは、ゲーム機のための開発キットだが、CPUも開発言語も、ゲーム専用の特殊なものではない。普通の80186互換CPUと、パソコン用に開発されたC言語処理系を使うのである。つまり、ワンダースワンという機器がゲーム用として使用されているのは、そのような販売戦略で販売されているからに過ぎない。ワンダースワンでビジネスアプリケーションが動かないという理由はない。
だが、すでにさまざまなPDAが出回っている今、わざわざワンダースワン用にビジネスソフトを作る意味はあるのだろうか。筆者はあると考える。その理由は以下の通りだ。
- 本体はすでに150万台も普及している
- 本体が安くてどこでも買える(実売価格は3000円前後で、全国の玩具店、ゲームショップで買える。子供が飽きて放り出した本体を使えばタダ!)
- 単三電池1本で動く低消費電力
- x86という実績あるアーキテクチャなので開発ツールが充実。また経験ある技術者も多数
- 開発キットであるWonderWitchそのものも、2万円を切る低価格で、気軽に試すことができる。
特に注目すべきは、本体がすでに150万台も出回っていて、全国どこでも手軽に買えるという事実だろう。また、同本体を使用するゲームソフトさえ堅調なら、本体が店頭から姿を消す懸念もない。これは、ビジネスを想定して開発を始める場合は、非常に心強い事実ではないだろうか? 本当に普及するかどうかも分からない新型PDAに賭けるよりは、ずっと確実性は高いと言えないだろうか?
ライバルのゲームボーイの方が普及台数が多いのではないかと思う人がいるかもしれないが、ゲームボーイはCPUがきわめて貧弱なので(Z-80に似た8bit CPUと言われている)、ビジネス用に使うのは辛いかもしれない。16bitのワンダースワンの方が、ビジネスへの適性は高いと考えられる。それに、ゲームボーイの開発環境は公式には公開されていない。(非公式にはWeb上を捜すと開発情報が無いこともないのだが……。ビジネスをやろうとすれば任天堂から訴えられるのは確実だろう)
一方で、WonderWitchにも懸念事項がいくつかある。
- 入力機能が貧弱である(ペンもキーボードもなく、基本的に4方向ボタンによる操作である)
- 専用カートリッジの容量が少ない(ユーザーエリアは384KB)
- 周辺機器との接続が保証されていない
これらの問題は、解決可能な問題であると考える。最初の問題は、外付けキーボードなどのニーズがあるとメーカーに理解させるだけの実績を積めば解決できるだろう。また、サードパーティーが専用キーボードを開発して販売する、という戦略もあり得るだろう。2番目の問題は、スマートメディアですら64MBの容量のものが普通に販売されているわけで、より大容量のフラッシュメモリのカートリッジは開発可能だろう。おそらく、ゲーム用という目的を考えると、あまり大容量のフラッシュメモリを積むと高価になりすぎるので、小さめにしたのではないかと推測するが、ビジネスユーザーなら高くても問題ないだろう。周辺機器との接続に関する問題に関しては、必要性をメーカーサイドに強力にプッシュしていく必要があるだろう。現在、ワンダースワンには、ワンダーゲート(WonderGate)という携帯電話接続用のオプションがあるが、これが利用できれば、通信と連動した様々な応用が可能になるだろう。通信可能となると、容量が少ないという問題も、必ずしも重要ではないかもしれない。
まさに、無限の可能性を秘めた、非常に興味深いプラットホームである。
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