8月23日の各紙朝刊の一面および前日のニュースで、「ストックオプション利益 マイクロソフト日本法人 150人、70億円申告漏れ」という報道がなされた。
日本経済新聞、8月23日の朝刊によると、「世界最大のコンピュータソフトメーカー、米『マイクロソフト』の日本法人(東京・渋谷)の前社長や社員ら約150人が、ストックオプション(自社株購入権)制度で米国の親会社の株を購入して得た利益を所得として申告せず、東京国税局から総額約70億円の申告漏れをしてきされていたことが、22日、分かった。追徴税額は過少申告加算税などを含め約30億円にのぼるとみられるという。
ストックオプションは社員があらかじめ決められた価格で自社株を購入できる制度で、日本では1997年の商法改正を受けて導入された。
関係者によると、マイクロソフト社の日本法人の前社長や社員ら約150人は同制度を使い、米親会社の株を購入。その後の株価の上昇で多額の利益を得ていたが、給与所得として申告しなかったり、一時所得として申告していた。国税当局は、海外の親会社株を使ったストックオプション制度に絡む所得については「給与所得」として扱う姿勢で臨んでおり、税負担が軽い一時所得で申告も含めて課税逃れに当たると認定した。前社長の申告漏れは数億円に上るという。
同制度を巡っては、日本企業の株式取得に適用される優遇税制が、海外の親会社株については認められていない。外資系企業の関係者から税制面の不利を訴える声もあるが、国税当局は同企業の社員に対する一斉調査を勧めている」ということである。
この報道の当日、マイクロソフトの元同僚からはもちろんのこと、ストックオプション制度を導入している外資系企業の社員から、さまざまな情報が私の手元に届き、この報道の影響の大きさを改めて感じた。そこで、この報道が意味するとこ ろ、さらには問題点について、少々考えてみることにした。
まず、このような情報が一般的にどこから流れ、どのような目的をもっているかについてであるが、これは国税当局が一般的に使う手であり、国税当局自体が情報を流していることが多い。目的はその時々によって異なるが、今回の場合は、マイクロソフトという有名企業を利用して、「ストックオプションによる利益=給与所得」という考え方を一般的に根付かせることであろう。
次に、この報道の誤りと、問題点について指摘してみる。ポイントは、大きく分けて次の4点があげられる。
CheckPoint.1
「ストックオプション(自社株購入権)制度で米国の親会社の株を購入して得た利益を所得として申告せず、東京国税局から総額約70億円の申告漏れを指摘されていた」
私の知るところによると、確かにストックオプションによる利益を申告していない無申告の者も中にはいるようであるが、大多数は確定申告している。申告漏れがあったとしても、70億円もの申告漏れはないであろう。申告自体を行わない“無申告”と、申告は行ったがその処理に誤りがある“適用誤り”を混同している可能性が非常に高い。
CheckPoint.2
「同制度を使い、米親会社の株を購入。その後の株価の上昇で多額の利益を得ていたが、給与所得として申告しなかったり、一時所得として申告していた」
ストックオプション制度を利用したとしても、株式を購入して、その後の株価の上昇で多額の利益を得た場合、その所得は給与所得でも、一時所得でもなく、「譲渡所得」となる。もちろん、外国株式を売買する場合であったとしても、譲渡所得であれば、源泉分離課税を利用することが可能であり、その場合申告は不要となる。
おそらく意図するところは、「同制度によって、株価が低いときに米親会社より付与された権利を、その後、株価が上昇した時点で行使することによって多額の利益を得ていたが、給与所得として申告しなかったり、一時所得として申告していた」ということであろう。
CheckPoint.3
「国税当局は、海外の親会社株を使ったストックオプション制度に絡む所得については『給与所得』として扱う姿勢で臨んでおり、税負担が軽い一時所得で申告も含めて課税逃れに当たると認定した」
これは、非常に興味深い話である。実は、国税当局では、海外の親会社から付与されたストックオプションによる利益について、次のような経緯で10年以上一時所得として申告するように全国の税務署で指導してきているのである。
ことのはじめは、昭和60年に会計人の業界誌において国税庁審理室補佐 村上泰治氏が、所得税の基本通達の解釈から、「一時所得として課税されると考えられる」と発言しているところからはじまっている。
それ以来、「海外の親会社から付与されたストックオプションによる利益=一時所得」という見解が一般的となり、直近では、平成6年に財団法人大蔵財務協会より発行された「回答事例による所得税質疑応答集」(東京国税局課税第一部長 矢野和之氏監修、東京国税局所得税課長 浪川武氏編)おいても、「一時所得として課税されます」と解説されている。
ちなみに、「回答事例による所得税質疑応答集」は、税務署の予算により購入される書籍のひとつであり、確定申告時に税務職員は本誌の解説により税務指導をおこなっている参考書のような書籍である。現役の東京国税局の部長や課長が携わり、大蔵省唯一の外郭団体から発行されているとなれば、それもしごく当然のことであろう(蛇足だが、かつて、大蔵省官僚の関与した書籍を大蔵省の外郭団体から発行し、税務署など大蔵省管轄機関が購入したその書籍の印税を大蔵省官僚が受け取っていることが問題になったこともある)。
しかし、それが一転、税法の改正もなく、担当者レベルの誤りでもなく、一時所得から税率がほぼ倍増の給与所得へと指導が変わったのであるから驚きである。
CheckPoint.4
「同制度を巡っては、日本企業の株式取得に適用される優遇税制が、海外の親会社株については認められていない」
課税方法を統一するということであれば、優遇制度も同様に適用すべきなのが道理であるが、これは法律である以上どうしようもない。もっとも、この優遇税制も年間1000万円以下の場合しか節税効果を発揮しない制度ではある。
今回の報道に対する誤りと、問題点については以上であるが、面白いことに、その翌日、8月24日の同じく日本経済新聞の朝刊に「ストックオプション 子会社役員にも付与 ケアネット、新手法導入」という見出しで、次のような記事が掲載された。
「医療サービスのケアネット・インターナショナルは新しい擬似ストックオプション制度を導入する。現行のストックオプション制度は対象を自社の役職員だけに限定しているが、新方式は子会社の役職員にも権利を付与する仕組みで、株主総会の決議を経ずに運用できる。……(中略)……興銀証券によると新方式のストックオプションは、…(中略)…譲渡益課税を負担する。……(中略)……会社からの給与所得にはならないという」
この新手法のストックオプションでは、給与所得にはならず、譲渡所得になるというのであるが、実は、ストックオプション制度を税率の高い給与所得に当たらない手法で擬似的に行う方法はいくらでもある。
最後に、日本の税制が、現在のような所得区分を利用した小手先による課税を行い続ける限り、ストックオプションの手法次第によって、給与所得の税率の半分で済む「一時所得」。また、26%の税率の譲渡所得(申告分離課税)だけでなく、理論的には、その課税負担をさらに1/2や1/4にすることすら可能であることを述べておこう。
筆者プロフィール
▼杉山 靖彦(すぎやま やすひこ)
1967年生まれ、早稲田大学卒。1994年マイクロソフト株式会社入社。マーケティング部門でMicrosoft OfficeとPowerPointのプロダクトマネジャーとして、MacOffice4.2、Office95、Office97のリリースを担当。1997年8月退職後、コンサルタントとしてパソコン業界に特化した杉山会計事務所(所在地:東京都文京区)を立ち上げ、プロダク トマーケティングのコンサルティングや著作権保護活動にも取り組む。また、各種パソコン専門誌のライターとして、業務ソフトやOffice関連の連載を抱え、精力的に執筆活動も展開している。 著書に『Excelでこんなに簡単に資金繰り表が作れる』(明日香出版刊)などがある。
メールアドレスはyasuhiks@kikimimi.ne.jp
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