IT革命は産業界の救世主のようにいわれているが、本当だろうか? 例えば「新産業を立ち上げて雇用を創出」という裏側には、仕事の効率化が進んでリストラを促す効果もひそんでいる。通産省がアンダーセンコンサルティングなどに委託してまとめた雇用創出レポートでは、双方の“バランス”をとってばら色の未来を描き出すことに四苦八苦している様がうかがえる。
政府は産業界だけでなく、日本社会全体のIT化も推し進めようとはしているが、IT革命の本質は社会構造の変革にほかならず、メリットだけでなくデメリットもあることを社会全体が理解していなければ、あとで必ずひずみが生じるものだ。
……などと、肩肘張った物言いをしてしまったが、実はIT関連産業の隆盛が思わぬところにまで波紋を広げている。しかも、「はたしてこれはいいことなのか、悪いことなのか」と、当の業界関係者までもが首をかしげるような状況なのだ。つまり、その思わぬところというのは、IT関連企業のオフィス需要で価格が上昇しつつあるとされる、首都圏の地価をめぐる不動産業界である。
国土庁の“お墨付き”?
2000年9月に発表された国土庁の全国基準地価や都道府県地価調査によると、2000年7月時点の全国基準地価は、10年連続で東京、大阪、名古屋の3大都市圏の地価下落という結果であった。ところが、3大都市圏の中でも、地価の下落している地点に反して、条件の良い地点では値上がりしていたり、あるいは下落幅の縮小や価格の横ばいが見られたりと、地価変動の二極化が進んだことが明らかになった。
その理由について国土庁は「東京都心部は外資系企業やIT産業のオフィス需要が高いため」と分析。「ビットバレー」と呼ばれ、ITベンチャー企業が軒を連ねる渋谷区を含む東京都区部都心部では、住宅地が2.0%の下落率(全国平均は2.9%)、商業地も前年の8.7%から6.6%に下落率が収縮、商業地2地点では地価が上昇するという結果がそれを裏付けている。
一方、大阪の商業地の地価下落率は15.4%(前年は11.2%)と暴落状態。これについて国土庁は「外資系やIT産業からのオフィス需要が見込めず、企業のリストラが進む中、東京本社への支店の統廃合が進んだため」としており、東京一極集中の弊害が大阪の中心部にも及んだと分析している。つまり、IT業種の隆盛は、東京の一部の地価を押し上げてはいるが、そのほかの地域の地価は押し下げてしまっているというのだ。
日銀もIT関連産業と地価に関心?
日本銀行が2000年10月に発表したレポートにも、わざわざIT関連企業の集中についてふれている個所がある。最近の地価動向を分析する「最近の地価形成の特徴について」というレポートで、前回1990年のバブルピーク時に次いで2回目のことだ。
レポートでは、「個人においては少子化の影響で宅地需要が拡大しなくなり、また、企業においては会計制度の変更や財務における経営スタンスの変化により土地所有意欲が落ち込んでいることなどから、今後、景気回復が続いても、公示地価や基準地価の全国的な変動率は弱含みが続く」と予測。
しかし、それと同時に、地価の二極化が進んでいることも指摘している。2000年に入って東京23区のオフィスビル空室率が低下していることや一部の地価が上昇していることなどの理由の1つに「商業地にインターネット関連企業が集まっていること」を挙げている。
1990年代、地価の高騰から一時的に止まっていた「東京一極集中」が再燃しているとレポートでは述べられている。その引き金をひいた要因の1つが、これまたIT関連企業だというのだ。
不動産業者は首をひねる?
「IT企業さんですか?ほんと、かないませんよ」。東京・渋谷駅近くで10年以上もオフィスや事務所の不動産紹介を手掛けるTさん(56歳)のコメントだ。周辺はまさにビットバレーへのとば口、本来なら地元の不動産業者はにぎわっていてもよさそうなものなのだが、「全然そんなことはない、かえって商売あがったり」なのだそうだ。
なぜかと聞くと、IT関連企業は電源設備などにうるさく、インテリジェント・オフィスを好むからなのだそう。「機材がものすごい量入るでしょ。パソコンとか。古いビルは電源工事しないとダメだし、大体床が痛むしね」。
IT関連企業だけではなく、最近はオフィスのIT化が進んで、古いビルから移転する企業も続出しており、「実際にはこのあたりの築15年以上のオフィスビルはがらがらですよ」とのこと。しかも「それなのに、条件のいい物件に人気が集まって、どんどん賃料が高騰するから、古いビルもそれにひきずられて……。おかげで借り手がつかなくって」(Tさん)、まさに悪循環なのだそうだ。
確かに、東京ビルディング協会によると、2000年7月の調査で東京都心部のうち千代田、中央、港の3区では2000年4月と比べてオフィス賃料水準が低下しているが、渋谷区は16.7%上昇している。どんどんできる新しいオフィスは少々高くても次々と借り手が決まり、そうした企業が移転した後の古いビルには閑古鳥が鳴いている。これが渋谷の実態なのだ。
デベロッパーはもうかっているのか?
東京・渋谷にある人気のインテリジェント・オフィスビル「渋谷マークシティ」にはIT関連企業や、ベンチャーのインキュベーション・オフィスなどがぎっちりと詰め込まれている。その近くにある「渋谷インフォスタワー」も状況は同じだ。
「新しい需要は確実に生まれている」。六本木6丁目の再開発を手掛ける森ビルの森稔社長はそう確信しているという。「東京が再生しなければ、日本経済の再生はあり得ない」。54階建てのオフィスビルは最先端の設備導入を目指す。
同様に、丸の内北口の再開発を手がける三菱地所は光ファイバ設置を決定。三井不動産はNTTなど主要通信事業者と基本協定を結び、テナント企業が希望する通信回線をビル内に即刻用意できる体制を取った。そこにあるキーワードはいずれも「コスト増」。デベロッパーにとっては、売れるビルはコストが高くつくということなのだ。
とはいえ、新築オフィスビルの供給は1999年が最低と見られ、森ビルなどによれば2003年には年間で170万平方メートルを超える大量供給が達成される見込みだという。21世紀にはオフィスビルもインテリジェント化したものが当たり前になる。であれば、現在の高機能オフィスビル建設への投資競争は、デベロッパーにとってはそれほど高くつくものでもなさそうだ。
国土審議会ではどんな評価?
一極集中化が進む理由、それこそが「IT化の促進」である。IT化はインターネットや通信回線の高度化で、全国各地に拠点をつくらなくてもオンラインによる宣伝や営業活動、製品受注を可能にするからだ。
しかしIT化がさらに進めば、オフィスにいなくても家庭で仕事ができるSOHO(スモール・オフィス・ホーム・オフィス)化も当たり前になるだろう。大きなオフィスを持つ必要はなくなる。そうなると、最新鋭のインテリジェントビルとて過剰に供給されれば、価値が暴落する可能性がないわけではない。
さらに、オンライン・ショッピングが普及すれば、販売拠点も必要なくなるかもしれない。こうした評価について、5月に行われた国土審議会地方産業開発特別委員会小委員会では、産業立地という点からIT革命と地価について、面白いコメントが交わされている。
IT革命については、まず「インフラ設備が必要になるから全国にそれだけの設備をつくることで地価も上がるだろう」と話すのは日経連の常務理事。しかし委員の中から「IT革命に根ざした産業は本当に土地を必要としているのだろうか」という疑問が投げかけられると、常務理事は「(土地が本当に必要とされている、いないにはかかわらず)電線の地中化などのコストがかかるからだ」と答えている。つまり、IT関連産業の隆盛で必要となるインフラ整備が地価高騰を招く可能性を示唆している。
しかし一方で、鉄鋼産業や自動車産業とは異なり、生産設備のための広大な産業用地を必要としないIT関連産業は、長い目でみれば地価は下落する可能性が高い。地方都市がIT関連産業を誘致しようとやっきになっているが、従来のような土地・建物がどんどん開発され、人口流入を期待する「地域振興」を狙っているのだとしたら、その期待は大きく外れてしまうかもしれないのだ。
Profile
磯和 春美(いそわ はるみ)
1963年生まれ、東京都出身。お茶の水女子大大学院修了、理学修士。毎日新聞社に入社、浦和支局、経済部を経て1998年10月から総合メディア事業局サイバー編集部で電気通信、インターネット、IT関連の取材に携わる。毎日イ ンタラクティブのデジタル・トゥデイに執筆するほか、経済誌、専門誌などにIT関連の寄稿を続けている。
メールアドレスはisowa@mainichi.co.jp
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