日本電子計算機(JECC)という会社がある。この企業がどんな経緯で、どういった目的をもって設立されたかをご存じの方はどれくらいいるだろうか。「もちろん、知っている!」と答えた方は、年輩の方か、あるいはコンピュータの歴史を調べるのが好きな方であろう。
1961年に設立されたこの企業は、当時の主要コンピュータ・メーカーが出資した、コンピュータのレンタル・リース専門の会社である。当時の歴史をひもとくと、当時、通産省はIBMに匹敵するほどの大型コンピュータを国産メーカーが開発することを推進していた。
しかし、国産コンピュータが開発されても、導入はなかなか進まなかった。IBMが自社でレンタル制度をつくって、大手企業に売り込みをかけていたからだ。なんと、1958年当時、国内におけるコンピュータ販売の53%がIBMのレンタル制度を利用したものだったという。
国産メーカーがこれに対抗するには、あまりにも資金力がなさすぎた。そこで国産コンピュータのレンタルを行うために、(当時の)通産省が音頭をとって、JECCという企業がつくられ、ここを通じて国産コンピュータのレンタルが推進されていたのである。
この結果、日本のコンピュータ・シェアは一変する。1965年時点では13%しかなかった国産コンピュータのシェアは、10年後には56.8%にまで急拡大するのだ。
もちろん、これは過去のエピソードであり、現在も経済産業省が国産コンピュータの導入を推進しているというわけではない。第二次世界大戦敗戦後、日本が高度経済成長期に向かう途上の懐かしいエピソードの1つといえるだろう。
なぜ、今回、かびが生えたような過去のエピソードを持ち出したのかといえば、実は、先日地方取材をする機会があったからだ。東京で取材をしていると、こうした歴史を思い出すことはないのだが、地方取材をしていると、国産コンピュータの普及・推進を国が行っていた時期を思い出させるところがある。それは、都道府県をはじめとする地方自治体に導入されているコンピュータのほとんどが国産メーカーの製品であるということだ。
もちろん、クライアントレベルのパソコンでは、外資系メーカーの製品も数多く導入されているのだろうが、メインフレームとなると、圧倒的に国産メーカーが強い。沖縄県など、一部の地方自治体でIBM製品を導入しているケースはあるものの、全体的な割合からすればIBM製メインフレームの割合は多くない。
IBM製メインフレームの割合が低い理由が、1960年代の国策の影響だけだとは決して思わない。地方自治体を顧客とした場合、保守などのサポート面についてはかなり密接なものが要求されるので、収益性は決して高くないといわれているらしく、外資系メーカーがシビアにそろばんをはじいて積極的に商談をすべきではないという考えが働いているのかもしれない。
しかし、地方自治体で国産メーカーのメインフレームの割合が高いという事実に直面すると、単純に機能や技術比較で導入される製品が決定するわけではないという世界が広がっていて、その背景には、前述したような過去の歴史もあるのだということを思い出さずにはいられない気持ちになる。
だが、21世紀に入り、地方自治体にも新しい波が訪れようとしている。要因は大きく2つ挙げられる。長野県の田中康夫知事に代表されるように、地方自治体そのものが大きなパラダイムシフトの時期を迎えていることと、インターネットの普及というコンピュータ環境の変化の問題だ。
前者は、過去の歴史を振り払うには絶好の機会となるのはいうまでもない。後者は、最近盛んに話題になっている「電子政府」といったものが現実的なものになると、海外で似たような案件を構築した経験がある外資系メーカーのノウハウが強みとなってくる場面が出てくるからだ。
宮城県の県庁には、メインフレームではなく、NECのExpress 5800 シリーズが勘定系基幹システムとして導入が決まった。県庁の基幹システムがメインフレーム以外になることもついに現実となった。
実際に、地方取材をしていると、「これまではライバルとなり得なかった企業がライバルとなるケースが出てきた」という声を聞くことが増えた。21世紀に入って、これからの10年間で、日本のコンピュータ産業の歴史は、間違いなく大きく塗り替えられることになるだろう。
Profile
三浦 優子(みうら ゆうこ)
1965年、東京都町田市出身。日本大学芸術学部映画学科卒業後、2年間同校に勤務するなど、まったくコンピュータとは縁のない生活を送っていたが、1990年週刊のコンピュータ業界向け新聞「BUSINESSコンピュータニュース」を発行する株式会社コンピュータ・ニュース社に入社。以来、10年以上、記者としてコンピュータ業界の取材活動を続けている。
メールアドレスはmiura@bcn.co.jp
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