日銀が通貨供給の量的緩和を決定し、政府はデフレ不況をしぶしぶながら認めた。日本経済のどうも調子のよくない話だ。2000年までの政府の楽天的な見通しでは2001年に景気は復調しているはずだった。しかし、ここにいたるまでに金融政策を間違い、民間の内需拡大も進まず、政局も混迷して経済対策どころではない。期待を裏切られた、と巷には閉塞感が漂っている。
その2001年で、期待を裏切っているものがもう1つある。電子マネーだ。電子マネーは1990年代半ばから「インターネット時代の花形」として脚光を浴びはじめ、1997年当時の三和銀行の予測では、2000年には日本国内だけで4兆7000億円規模の電子マネーが利用されるとみていた。
しかし、現実はそれほど甘くなかったようだ。これまで日本ではサイバーキャッシュ、VISAキャッシュなどが実証実験、実用化などの名称でテスト利用を実施していたが、どれも社会に定着したとはいえない状況だ。
電子マネーが利用者にうけない理由
なぜ電子マネーは受け入れられないのだろうか。あくまで「利用者から」見た問題点を考えてみた。そこで分かったことは非常に単純だ。「あまり便利そうに思えない」(実際便利でない)、「どうもシステムが信用できない」(実際、その信用保証の仕組みは分かりにくい)……決定的なのは、それ以外にもっと便利なシステムが幾つも登場してきたことだ。
インターネット上での決済は、データのやりとりだけですべてが完結する必要がある。せっかくオンラインで商品の発注をしたのに、実際の決済を現金や押印でやりとりしていたのではコストがかかりすぎるからだ。そこで押印の部分は電子署名、支払いの部分は電子マネーで済ませる必要性がでてくる。そういう意味では、もともと「便利さ」を追求するお金だったはずだ。
様々なタイプの電子マネー
電子マネーは、使い方によってざっくりいって2種類に分けられる。1つ目は、「インターネットなどのコンピュータ・ネットワーク上を流通するタイプ」。「銀行口座から自分のパソコンにお金のデータ(電子マネー)を引き出して、インターネットで買い物をするときは、自分のパソコンから電子マネーを送る(チャージする)タイプ」などで、例えば「eキャッシュ」がこれにあたる。
もう1つは、電子財布(電子ウォレット)と呼ばれる「ICカードなどにお金のデータ(電子マネー)を引き出して、支払いに使う」タイプ。「VISAキャッシュ」「サイバーキャッシュ」などはこのタイプだ。実際に店舗でも使えるし、オンラインでも使える。
さらに、プリペイド・カード型の電子マネーというのもあって、これはコンビニエンス・ストアなどで購入できる。購入時にあらかじめチャージされた金額分だけ、インターネットなどで利用できる。「ビットキャッシュ」などがプリペイド・カード型の一例だ。
これ以外にも、流通形態に着目した「オープン・ループ型」と「クローズド・ループ型」という分類方法もある。現金と同じように、ある人が支払った電子マネーのデータが個人や企業間を転々と流通していくことが可能な仕組みがオープン・ループ型。
一方、クローズド・ループ型とは、1回支払いに使われた残高情報は必ず発行主体に戻る。つまり、残高情報が「発行主体→利用者→お店→発行主体」という決まったパターンの中だけを動く。
「モンデックス」はオープン・ループ型を標ぼうしており、「VISAキャッシュ」はクローズド・ループ型だが、この分け方は、あまり一般の利用者には関係ない。少しだけ関係するとすれば、例えば、オンライン・オークションの代金を電子マネーで相手に直接支払いたいとき、クローズド・ループ型では支払えないが、オープン・ループ型なら支払える、ということくらいだろうか。
電子マネーの利便性
電子マネーの利点は、登場した当初、それはそれはたくさんあったはずだった。例えば盗難、紛失の際の防犯性としても、ICカードを利用するには利用者のパスワードなどがなければ使うことができないというのは、ずいぶん魅力的に聞こえたものだ。
しかし、よく考えるとこれはクレジット・カードと同じ。しかも、クレジット・カードと違って、電子マネーのICカードは一度なくすと、そのカードにチャージしておいた現金はあきらめなければならない。「他人が開けられないカギ付きのサイフをなくしたのと同じ」(銀行関係者)なのだ。
もちろん、電子マネーのデータの全体もしくは一部のバックアップを取っておき、紛失や盗難のときはクレジット・カードのように、その電子マネーの無効申請をして使用できなくするようにもできるだろうが、いまのところそこまでフォローしたシステムはない。むしろ、クレジット・カードの方が、拾われて万が一利用されたときのための盗難保険があって親切な感じがする。
では、ICカード型はどうだろう。これは銀行口座からATMやパソコンを通じて自分の専用カードに電子マネーをチャージ、通常のお店の店頭で買い物や飲食の支払いに使えるものだ。新宿区で実証実験を行っていた「スーパーキャッシュ」などがこれにあたる。
「なんだよ、いまでも使っているよ」という人、あなたが使っているのは銀行のキャッシュ・カードではないだろうか。それはデビット・カードといって、やはり電子マネーとは別のものだ。デビット・カードは欧米ではかなりポピュラーな決済方法の1つで、自分の口座のキャッシュ・カードを示して暗証番号を入力すると、その口座から即時決済されるというもの。日本でもだいぶ普及が進み始めている。
使う側からすれば、匿名性(プライバシー)が守られているというのも電子マネーの魅力だったはずだ。クレジット・カードとは違い、買い物の明細が後で自宅に届いて、家人とのもめごとの種になる心配はないはずだった。
ところが、実際には「だれか」とは直結しなくても、特定のICカードの持ち主がいつも何を買うかは利用した店舗にはデータとして蓄積されてしまう。インターネットでの買い物などは、個人のデータの認証と付き合わせれば、後で店舗がマーケティング・データとして十分活用可能だ。
電子マネーにおける問題点
一度買い物をした店からしつこくダイレクトメールが届き、へきえきとした経験がある人は多いはず。ICカードでもその可能性は十分にあり得る。ビットキャッシュなどのプリペイド・カード型電子マネーならある程度安全だが、やはり相手方には取引の記録が残ってしまう。
オンラインショッピング全体につきものの問題点ではあるが、現在の電子マネーのシステムでは、店頭で現金によって品物を購入する場合と同程度のプライバシーを保護するというハードルも越せない、というのは事実として覚えておいた方がいい。
クレジット・カードによる決済は、決済コストが高く(通常、10%以上の手数料が必要になる)、少額の決済にはあまり向いていないため、コストが安い電子マネーは少額決済や、数円程度の電子データを購入するなどのオンライン・マイクロペイメント向きだと期待されていた。ただ、これもいまのところ「電子マネーを使ってまで購入したい」人気データや商品は、オンライン上には見当たらない。
さらに、デジタル・デバイドの問題も指摘しておかなければならない。新しいシステムには少なからず、それをすぐに利用できるようになる人と、覚えたり、利用したりするのが難しい人との間に便利さのギャップができてしまうものだが、ことはお金の問題だ。利用者のための教育や説明に乏しい「電子マネー」は、普通の人々にとっては心理的な抵抗感がまだまだ強い。
例えば、1997年に社団法人流通問題研究協会が調査した結果、電子マネーの発行形態による利用方法の違いや、利用手数料が不透明だという点が「利用者の不安」として指摘されていた。しかしこれらは1999年の第一勧業銀行総合研究所のレポートや経済産業省の審議会でもいまだに繰り返し指摘されていることだ。
電子マネーの普及の可能性
電子マネーの登場時に期待をもって語られていた魅力は、どれもこれも実際に使う側からすれば、あまり魅力的ではなかった。だが、電子マネーの将来が暗いのかといえばそうでもない。企業間の大口取引ではすでに電子的相殺が普通になってきている。サイバービジネスの現状の中では、電子マネーは着実に実用化への道をたどっているのだ。
しかし、ことBtoCはどうかといえば、状況はあまりよくない。BtoCの電子商取引市場自体が、期待していたほどには成長していないこともあるが、店舗側も電子マネーの導入に対して、イニシャルコストの負担を考えるのかあまり積極的でない。利用する場所が限られてしまえば、普及のスピードも遅くなる。現実に、サイバーキャッシュ社は自社開発の「サイバーコイン」事業の拡大を事実上、やめてしまった。開発者側がシステムを売らないのだ。これでは利用者は増えるわけがない。
繰り返しになるが、新しいシステムの、社会への浸透の度合いは、普通の人々がそのシステムを使ってみたくなるかどうかで決まる。いまのところ電子マネーのシステムにはぜひ使いたくなるような魅力が欠けている。電子マネーでしか買えない、あるいは現金で買うのはいやだが、電子マネーでなら魅力的だというヒット商品が1つ登場するだけで、状況は一変する可能性があるということを強調しておきたい。
Profile
磯和 春美(いそわ はるみ)
1963年生まれ、東京都出身。お茶の水女子大大学院修了、理学修士。毎日新聞社に入社、浦和支局、経済部を経て1998年10月から総合メディア事業局サイバー編集部で電気通信、インターネット、IT関連の取材に携わる。毎日イ ンタラクティブのデジタル・トゥデイに執筆するほか、経済誌、専門誌などにIT関連の寄稿を続けている。
メールアドレスはisowa@mainichi.co.jp
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