政府の肝いりで制定された「e-Japan戦略」。仕事の必要に迫られたり、ビジネス・チャンスを探そうと目を皿のようにして読んだりした人もいるかもしれないが、一般の人はどうだろう。字面もなかなか洗練されていて、これまでの「高度情報社会」うんぬん、という政府のお題目よりもかなり耳になじみやすい「e-Japan」ではある。が、一般の人は聞き流しておしまい、ということになってはいないだろうか。
このe-Japan戦略、一般の人にとってこそ、大変な生活の変化をもたらす政策なのだ。しかもその大変革は、これからわずか数年のうちにやってくるのである。にもかかわらず、多くの人はあまり関心を持っていないようだ。もっともっと多くの人がe-Japan戦略について知らなければならないのに、政府はインパクなんかに広報予算を回して……と、マスコミ業界の片隅で私は個人的に焦っている。
そこで今回、このコラムを完全に私物化して、e-Japan戦略についてまったくのボランティアで広報宣伝してみることにした。これまでe-Japan戦略や電子政府、電子自治体、などという言葉に関心がなかった人にこそ、読んでほしいと祈りつつ。
e-Japan戦略とは何か?
さて、まずe-Japan戦略とは何か? 断言してしまおう。e-Japan戦略とは政府の電子化である。さらに断言してしまおう。e-Japan戦略とは、「電子政府」に「電子商取引」「電子教育」と、とにかく日本の国としての機能のほとんどを「電子」でくくってしまおうという大胆なマニュフェストである。要するに2001年1月に政府が定めた、IT高度利用のための国家的な戦略を網羅したものだ。
なにしろ「5年以内に世界最先端のIT国家となる」なんてイントロ部分で宣言してしまっているのだから、これまでの政策とは一線を画している。かなり挑戦的な内容だ。そのうえ、日本の現状を、「IT革命への取り組みの遅れ」として、「地域通信市場の独占による高い通信料金、公正・活発な競争を妨げる規制の存在など、制度的な問題」のせいで、アジア地域の中でも遅れていると明言している。
こうした点でもこの戦略はよくできている。現状を直視し、問題点を分析することによって初めて、新しい制度や施策は効率的に構築されていくからだ。戦略ではまず「現状分析」、次に「基本戦略」が述べられ、章をかえて「重点政策分野」が示されている。問題はここだ。ここにe-Japan戦略の目的と弱点がすべて含まれている。
重点政策分野の内容は4つ。まず「超高速ネットワーク・インフラ整備及び競争政策」において、ブロードバンド推進を「1.5年以内に超高速アクセス(目安として30M〜100Mbit/s)が可能な世界最高水準のインターネット網の整備を促進」と定義。
しかも3000万世帯が高速インターネット網に、また1000万世帯が超高速インターネット網に常時接続可能な環境の整備を目指すという。常時接続は1年以内、さらに各種規制の見直しで通信事業者の競争促進なども図るという。この政策は基本中の基本であるインフラ整備であるから、問題はない。
われわれの生活を変えてしまう施策
このe-Japan戦略の本当の目的であり、私たち一般人の生活を大きく変えてしまう施策は2番目以降に、実にあっさりと書かれている。「電子商取引の普及」では、2002年までに法整備を進めること、「電子政府の実現」では、2003年までに行政(国・地方公共団体)内部の電子化、官民接点のオンライン化、行政情報のインターネット公開・利用促進、地方公共団体の取り組み支援などを推進し、電子情報を紙情報と同等に扱う行政を実現し、幅広く国民・事業者のIT化を促すこと、と書かれているだけ。それに加えて、これらの普及を進めるためには「人材育成の強化が必要」とまとめられている。
2003年までに進められる「電子政府」とは何か。経団連の提言などでは、「住所や戸籍の手続きが郵便局やオンライン窓口などでできる」ワンストップ化が挙げられている。それだけではなく、例えば病院のカルテがオンライン化されれば、薬局での調剤も待たされることがなくなる。医療や介護機関の情報がオンラインで閲覧できるようになれば、信頼できる医療機関や医師、介護サービス事業者を調べたり、自分自身の診療記録などを照会することができるようになるだろう。
地震や台風などの自然災害に対する危機管理能力も、電子政府化で向上するといわれている。普段は道路情報などをオンラインで流しているだけだが、いざ危機管理が必要という場面では、被害状況やそれに対する指示などの災害に関する情報を官邸、省庁、地方公共団体が共有するための巨大な情報プールとなる。
電子政府化の抱える問題
そう、電子政府化とは、これまで霞ヶ関のビル群にためられていたあらゆる紙の情報が、すべてインターネットとサーバの中に流れ込んでくるということなのだ。そしてこの電子政府の弱点は、「一度電子化された情報は二度と紙のレベルには戻せない」というところにある。
ここでは3つの問題が指摘されている。1つはプライバシー情報などの保護のための強力なセキュリティ施策がいまだに確立していないこと。もう1つは、流出してしまった情報は完全に回収することは不可能だということ。さらに、電子化した情報を紙で保存することはコストの二重化を招き、効率的でないことから、バックアップについても電子化する可能性があり、新たな情報格差(=電子化した情報に触れることができない層の誕生)を生むということだ。
オンラインで免許の書き換えや、パスポートの申請などができるようになれば、遠くまで出かけていき、何時間も待たされるなどの面倒くささは確かに減るだろう。しかし、間違った情報を申請してしまい、何度もやり直さねばならない人もでてくるだろう。キーボードを使いこなせない、申請窓口までたどりつけない、といった人もでてくるかもしれない。教育だけでは埋まらない電子化のハードルを越えるための補助的な施策について、このe-Japan戦略ではなにも触れられていないのが気にかかる。
納税額や病歴など、人に知られたくない個人情報に関して不安に思う人も出てくるだろう。情報処理振興事業協会は電子政府構築のためには暗号関連技術の確立が必要だとして、さまざまな研究開発活動や調査活動を行っている。電子政府を実現するには、より強力な暗号技術による基盤整備がまず必要なのだが、e-Japan戦略はこの点にもあまり熱心ではないようだ。
その一方で、行政手続きの電子化について、日立グループなどはとりわけ熱心だ。すでに多くの企業が協同開発や事業提携を行い、電子行政情報サービスを提供できる電子自治体システムの開発に熱心に取り組んでいる。電子申請、電子調達、文書管理、電子決済などのシステムを開発し、2003年の政府電子化の際にはしっかりもうけようという目論見だ。
e-Japan戦略にもっと積極的に参加しよう
全体的に、e-Japan戦略とはアクセルばかりでブレーキのない高性能の自動車作りを目指しているような印象を受ける。アクセルを踏んで向かう先は景気の高揚、ビジネス・チャンスの拡大、というのもいつかどこかで聞いたことがあるパターンだ。
低迷する日本の景気を刺激し、元気のない企業が立ち直ってくれるのはありがたいが、支払われる代金は私たちの税金だ。まず私たち一般人が、利用しやすく、安心できるシステムでなければならないのに、どうも一般の人たちの関心を上滑りしている気がしてならない。もっともっと、e-Japan戦略に対して、「利用者」「納税者」の立場から関心を持ち、施策の実施には積極的に“参加”していかなければならないと思うのだが……。
Profile
磯和 春美(いそわ はるみ)
1963年生まれ、東京都出身。お茶の水女子大大学院修了、理学修士。毎日新聞社に入社、浦和支局、経済部を経て1998年10月から総合メディア事業局サイバー編集部で電気通信、インターネット、IT関連の取材に携わる。毎日イ ンタラクティブのデジタル・トゥデイに執筆するほか、経済誌、専門誌などにIT関連の寄稿を続けている。
メールアドレスはisowa@mainichi.co.jp
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