森内閣の置き土産になってしまった「e-Japan」戦略。5年以内に3000万世帯がブロードバンドを利用できるようなインフラ整備から、IT活用を前提にした新規産業の創出や電子政府の実現、電子商取引の市場規模を70兆円(2003年度)にするなど、具体的かつ挑戦的な内容が盛り込まれているが、これらの計画立案の背景にあるのが、現在の日本のIT化や電気通信業界の実情を報告する各種「白書」の存在だ。財団法人・日本情報処理開発協会は6月12日、「情報化白書2001年版」を発表した。また、インターネット協会監修の「インターネット白書」も25日に発表される予定だ。
状況を反映して弱気化した2001年版白書
白書というのはもともとイギリス政府の公式報告書のことをいう。報告書の表紙が白いので、White Paperと呼ばれたことから、白書という言葉が生まれた。この習慣にならって、一般に政府の公式文書を白書と呼ぶようになり、さらに白い表紙なのでありのままの、ガラス張りの報告書というように意味付けられるようになり、業界動向や社会実勢を広範囲にまとめた報告書も「白書」と呼ばれるようになったそうだ。
つまり白書は現状報告書であり、未来図を描くための土台になる文書というわけだ。いまや日本の未来を担うと政府のお墨付きのIT革命も、これらの白書にその現状がまとめられているのだが、2000年発表の白書と比較してみると、面白いことに気付く。簡単にいうと、楽観的だった2000年度版各種白書に比べ、2001年度版においては、比較的冷静な水準に──もっといえば、トーンダウンしている表現が目立つのだ。
もちろんこの1年間、日米ともに株式市場でのIT関連企業の株価バブルがはじけ、ITベンチャーの事業縮小や合併、合従連衡が進んだ。「IT革命万能」「IT推進によるバラ色の未来期待」といった論調は影を潜めて当たり前だ。
しかしそれをふまえても、弱気な表現が目に付く。例えば「情報化白書」では、「2000年はIT革命がキーワードとなり、それに続く21世紀はITを追い風にする人材が最も求められている」と総論で述べているにもかかわらず、各論では「デジタルエコノミーは現状ではまだ発展段階」と少々腰が引けてくる。進展のためには新規成長分野への雇用シフト、ブロードバンド環境の実現など課題への対応を積極的に進める必要があるとしている。
苦い経験を冷静かつ正確に
もう少し具体的に前年版と比較してみると、2000年6月に発行された情報化白書は、電子商取引(EC)とインターネットが2005年にはビジネスの主流になると予測。それまでの間、厳しい競争環境の中で選別が進むことも同時に予測しているが、全体にトーンは明るく、白書全体のテーマも「21世紀情報化の展望と課題」と大きい。「個人のインターネット利用で、最も強く求められているのは医療・福祉の情報サービス」などと、具体的なデータも期待度の大きいものが積極的に紹介されている。モバイルインターネットなどは、ちょうどiモードが大変な勢いで普及していたこともあり、日本型の情報環境として、「携帯電話、ゲーム機、情報家電は、日本が強い技術力を有することから勢いが生まれている」と明るい展望を示している。
一方2001年度版は、明るい展望よりも、法律や制度の整備や個人の自覚が重要であることなど、どちらかというと注文のほうが多い。例えば、2000年度版では「ビジネスの主流に育つ」と楽観的な紹介文で始まった電子商取引(EC)については、「展開は第2フェーズを迎えており、今後、消費者保護などの制度的な取り組みが進められる」見通しであることを紹介。電子政府に対する取り組みへの期待も述べられているが、こちらも法整備などの課題が前提としてあることを指摘している。
2001年版のこうした表現には、いずれも「この1年間の業界の苦い経験が含まれている」と、白書を制作した委員会の委員の一人は話す。「決して弱気ではなく、現状を正確に表現し、課題や特徴をきちんととらえるために」(同)、あえて触れたテーマも多いのだという。
そのうちの1つが「調整局面に入ったネットビジネス」というタイトルの小文。米ドットコム企業の盛衰に続いて国内の株式市場のIT関連株の暴落に触れ、「これまでの過剰な投資熱が冷めただけ。ネット企業の淘汰は市場拡大に必要」と冷静に述べているが、“IT革命”ともてはやされたネットビジネスの陰りを伝えるという点では、総務省(旧郵政省)が通信白書で概観している米ドットコム企業の実態よりはリアルだ。
“歴史的”観点から見る情報化
情報化白書は1967年から毎年発行されている。その意味では、毎年の比較がしやすい民間の資料として価値がある。しかし今年から編集方針が変わり、「IT社会の実現にむけて」というテーマの総論と、デジタルエコノミーの進展状況、IT化の進んだ社会での働き方など10部構成になってしまった。また、今年から新たに「マクロ経済と情報化」というテーマで、コンピュータ利用が普及し始めてから40年間のマクロ経済の変化をITとの関連性からざっと述べている。
思えば、情報化についても、私たちはすでに「歴史」として振り返ることができるだけの経験を積んできている。ここ2年の日本社会のIT革命賛美論、IT化への批判なき傾斜ぶりは、実経済の不況という背景があったとはいえ、必ず揺り戻しはあるはずだった。実態を伝えるなら、多少辛口でも、経験から得た知恵が活かされなければならない。明るい未来と、楽観的な調査結果ばかりでは実態を映しているとはいえないだろう。
2001年版情報化白書では、この1年間のIT利用の実態は「個人レベルでの利用の拡大」であり、個人を基点に生活、社会に大きな変化があったことを強調している。また、ITによる社会の変化によって、個人にゆだねられる事柄が増えていくために、個人の責任能力が問われる社会になることや、少子高齢化社会の労働環境の整備が求められていることを指摘している。いま求められていることの理由を分析し尽くすのが白書の特徴だとすれば、今年の情報化白書は浮ついたところのない、地に足の着いた内容だ、といえそうだ。
Profile
磯和 春美(いそわ はるみ)
1963年生まれ、東京都出身。お茶の水女子大大学院修了、理学修士。毎日新聞社に入社、浦和支局、経済部を経て1998年10月から総合メディア事業局サイバー編集部で電気通信、インターネット、IT関連の取材に携わる。毎日イ ンタラクティブのデジタル・トゥデイに執筆するほか、経済誌、専門誌などにIT関連の寄稿を続けている。
メールアドレスはisowa@mainichi.co.jp
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