インターネットの普及、ブロードバンド化が進む中、放送のデジタル化の意味合いが変わりつつあるようだ。放送のデジタル化は、BS、CSともにすでにデジタル放送が始まっており、いわゆる地上波のデジタル化も2003年に東名阪、2006年には地方での放送が開始になる。さらに、総務省によると、2011年にはアナログ地上波の放送終了がすでにスケジューリングされている。
デジタル化が必然である理由
地上波テレビジョン放送のデジタル化は、まず何より高品質な映像と、双方向性などを活かした放送の高機能化が目的だ。通信網と連携した高度なデータ通信サービスや、高齢者・障害者に優しいサービスなども充実するだろうし、「国民のニーズに合わせた多様な放送を可能とする」(総務省)と、期待されているのだという。
ただ、もう1つ、もっと実利的な面の需要もある。携帯電話や自動車のITSのような、移動体通信分野を中心にして電波需要は急速に拡大している。電波の周波数帯は有限なので必然的に割り当て幅は逼迫する一方だ。そこで、帯域を広く使うアナログ放送から、電波をより高密度に利用できるデジタル放送への早期移行は避けられない。放送のデジタル化は、周波数の再編成と、移動体通信などへ割り当てる空き周波数をひねり出すためにぜひともやらなければならない事情があるのだ。
しかしこの放送のデジタル化自体が、「インターネットが普及してきた現在では、いかにもアナクロな放送行政を引きずった発想で行われている。このままでは放送と通信の融合どころか、放送は通信に飲み込まれてしまう」と危機感を持って見ているテレビ関係者もいるのだ。
問題山積のデジタル放送の現状
現在のアナログ放送のデータ密度は、1チャンネルが5Mbps。デジタル放送では15Mbpsになる。一方、政府が進めるe-Japan計画が実現すれば、5年以内には、日本の家庭のほとんどが数十Mbpsといった単位の高速大容量の通信網を利用できるようになる。つまり、特に電波を受信してテレビで映像を見なくても、家庭内で光ファイバなどを通じて同時に複数のパソコンでテレビ番組を楽しんだり、見たい番組をリクエストすることができるようになるのだ。
さらに、昨年の冬から鳴り物入りで始まったBSデジタル放送の不振が、業界内では「デジタルアレルギー」といえるほどの不信感を振りまいている。BSデジタルは帯域を高密度で使えるため、普通のテレビ番組の放送以外にも、天気予報やニュースなどのデータを取り出したり、クイズ番組への参加やテレビショッピングがその場でできるなどの双方向性を売り物にしていた。
しかし、いまやインターネットは十分にデータ検索機能を備え、双方向性もブロードバンド化によって実用的なスピードで買い物や決済が行えるレベルにまでなってきている。しかも問題を大きくしているのは、BSデータ放送で採用されたデータ表示用言語が、インターネットのHTMLではなく、BMLだったことだ。これでは相互のデータの自在な乗り入れができず、インターネット全盛期にあって、BSデータ放送の利点はさらに薄れる。
今年の冬には110度CSデジタル放送が始まり、番組の多チャンネル化がさらに進む一方、コンテンツの供給が足りない。事業者は必死になってコンテンツを探しているが、どうしてもBS、あるいは地上波の番組の再放送や再編集が増える。地上波もデジタル化すれば、BS、CSとの番組の差別化はますます厄介になるのは目に見えている。
デジタル放送vs.ブロードバンド通信
放送のデジタル化自体は世界的な流れだ。例えば英国ではすでに40%以上の家庭がデジタル放送を受信している。だが、日本の放送のデジタル化は、電波行政の都合と、IT化に乗り遅れてはまずいという業界の消極的な態度により、緩慢な動きでここまできた。実際、テレビ局はデジタル化のための設備投資が15兆円とも50兆円ともいわれることから、いまだに足並みがそろわない。
テレビがデジタル化することで、インターネットの情報力や双方向性と競合しようとするなら、それは無駄な競争になるかもしれない。いまの時点で、ブロードバンドが実現しつつあるインターネットにはオン・デマンドの映像コンテンツ提供や利用者参加のバラエティ番組、オンラインショッピングやさまざまなデータ検索で、テレビの何倍ものノウハウがある。通信網のブロードバンド化はテレビ・デジタル化の最大のライバルとなったといってもいい。
では、テレビはデジタル化することで何を目指すべきか。ここに1つ小さな事件だが、実に象徴的な出来事がある。BSデジタル放送で提供されているラジオ番組で、小沢征爾氏が指揮した1971年放送の演奏を30年ぶりに再放送しようと計画していたところ、小沢氏本人からの抗議で放送をとりやめたということがあった。
番組の再利用をしようとした際、本来の放送の意味を外れたり、本人の承諾なしの二次使用を指摘されてはせっかくのコンテンツも意味を成さない。デジタル化を進めるうえで必要なのは、まず良質な番組の再利用の条件を整えること、オリジナルソフトの充実を図ること、さらにインターネットとは異なる“放送”であるマスメディア性・公共性を意識したソフトウェアの開発を試みることだろう。デジタル化はテレビに、「放送」とは何かを考えさせるきっかけになるかもしれない。
Profile
磯和 春美(いそわ はるみ)
1963年生まれ、東京都出身。お茶の水女子大大学院修了、理学修士。毎日新聞社に入社、浦和支局、経済部を経て1998年10月から総合メディア事業局サイバー編集部で電気通信、インターネット、IT関連の取材に携わる。毎日イ ンタラクティブのデジタル・トゥデイに執筆するほか、経済誌、専門誌などにIT関連の寄稿を続けている。
メールアドレスはisowa@mainichi.co.jp
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