成田からおよそ2時間半の韓国は、日本に最も近くて遠い「隣国」だ。政治的な問題についてはともかく、生活や文化の面では、素人の受ける印象は共通項よりも差異のほうが際立って見える。経済のあり方も同様で、韓国のほうが日本より、いっそう「1つのブームにハマりやすい」印象がある。
パソコンゲームセンター“PC房”の急増
それを象徴的に感じたのが、PC房(ピーシーバン)をめぐる栄枯盛衰と、ブロードバンド普及をめぐる通信事業者の激しい競合ぶりだ。PC房は韓国独自の発展を遂げたインターネットカフェ。日本でいうと、パソコンゲーム専用のゲームセンター、といったほうがイメージとしてはぴったりくるかもしれない。ブロードバンド普及をめぐる競合とは、トゥルーネット、ハナロ通信、コリアテレコムの“仁義なき闘い”ぶりである。
PC房は1998年ごろから韓国・ソウルの街角に目立ち始めた。1999年に一気に増えたのは、IMF危機でリストラされた人々がPC房経営に流れ込んだからで、前年に約3000店程度だったPC房はこの年、1万5000店に急増。2000年のピーク時には3万店近くまで膨らんだ。
PC房の特徴は、専用線やADSL回線を利用した高速回線と、高スペックのパソコンを利用して、最新のオンラインゲームやチャットが楽しめるところにある。日本のゲームセンターやインターネットカフェは子供のもの、マニアのものというイメージがあるが、韓国では10代から20代後半のごく普通の若者が利用者の中心だ。
オンラインゲームといっても、日本のパソコンゲームファンとは楽しみ方が違う。韓国では若者同士、4、5人がグループを組み、PC房に集まって対戦や情報交換をする。オンラインゲームなので日本からも参加者があるが、自宅からの参入のためか、韓国の若者に聞くと「日本のゲームマニアは陰気な雰囲気がある」とにべもない。PC房の隆盛のおかげで、それまで若者の社交場だったカラオケやビリヤードが次々と潰れたといわれるほどだ。
PC房の凋落
この「一斉に流行に跳び付く」勢いは、日本にはない韓国独自のものだろう。ところが店が増え過ぎ、競合が激しくなってくると店をたたむ経営者も増えてきた。面白いのは、韓国では店舗の契約期間が2年間でその間に解約すると違約金を相当とられる。このため、99年のブームから2年経った今年に入って、「ようやく店を閉められる」とばかり、撤退する経営者が現われている。
それに全体としてPC房ブームは沈静化しつつある。2年半あまり前、「新しい起業のチャンス」だったPC房も企業の論理に組み込まれた。ドッグイヤーといわれるIT産業の盛衰の中では普通の出来事かもしれないが、それが全国的かつ全産業の労働者の間で広がった点が韓国らしいといえばいえる。
もちろん、社交の意味の「子供や若者たちがグループで遊ぶPC房」や設備が新しく清潔でサービスもよい大型店は、相変わらずの人気を誇っている。しかしそうした店舗は全体の2割程度で、残り8割は経営が伸び悩んだり、下降線をたどっているという業界内の調査データがあるという。
そうした背景の下、PC房の勢力図の塗り替えが急激に始まり、ゲームソフトメーカー系列の企業などいくつかのフランチャイズ展開を進める大手資本による再編と、小さくても営業場所がよかったり、独自のソフトウェアを提供するなど他店との差別化に成功した店舗に二極化している。
PC房ブームの沈静化とはいったが、オンラインゲームそのものの人気ぶりに衰えはない。つまりは、韓国の全家庭の6割近くにADSLを始めとする常時接続の高速回線が普及し始めたため、PC房にわざわざ行かなくてもゲームができるようになったのだ。
コリアテレコム、ADSLで驚異の躍進
家庭へのADSLの普及ぶりにも、韓国に特有の「ヒートアップ」ぶりを感じる。もともと、最初にブロードバンドのラストワンマイル制覇に乗り出したのはケーブルモデムを利用するトゥルーネットだった。次に、ハナロ通信がADSLで参入したのが1999年。通信自由化で電話事業に参入したものの、日本でいえばNTTに相当するコリアテレコムの牙城で苦戦したあげく、起死回生の経営戦略としてデータ通信中心に方針を変換したのだ。
それに比べ、ISDN普及をのんびりと進めていたコリアテレコムは当初、ブロードバンド競争に参戦を見合わせた。その結果、2000年末の時点で、トゥルーネット15万世帯、ハナロ12万世帯のインターネット接続利用者を獲得したのに比べ、コリアテレコムのADSL利用者はわずか1万世帯と惨敗の様相を示したのだった。
ハナロが伸びた理由はこんなキャッチフレーズにあったという。「自宅でスタークラフトが楽しめる!」。スタークラフトとは当時、PC房で大人気だったオンラインゲームのことで、米国製のこのゲームが最も収入をあげているのが韓国だ。一気に利用者が増えたことで、ハナロの捨て身のインフラ整備は逆におおきなアドバンテージとなった。
コリアテレコムは2000年に方針を大転換。「ADSL普及年内100万世帯」という驚異的な数字を掲げ、全国で一気に電話局工事、営業強化を始め、驚いたことに2000年に100万世帯を達成、2001年にはシェアトップを奪い、現在の加入世帯数は600万世帯である(韓国の世帯総数は1500万世帯)。どうしてこれほどの驚異的な躍進ができるのか、コリアテレコムの関係者は「営業の強化と技術力アップによる工事の効率化だ」と胸を張る。もっとも、営業強化とはすなわち料金引き下げ競争のことである。
ビジネスとして成立していないADSL
日本でも新規参入の通信事業者がよく行う「申し込んでくれたら1年間割引」といった料金引き下げは、韓国では1999年末から激化。いまやOECD参加国中、ブロードバンド利用料は最安値(従量制換算で月額2000円)だ。日本ではフレッツADSLでもNTTに月に3100円、年間で3万7200円払わなければならないことを考えると、その差は大きい。普及が進むのももっともだ。
ただし、この競争は明らかに行き過ぎている。コリアテレコムもハナロ通信も、現在の料金レベルでは新規エリア開発やインフラ維持にコスト負担がかさみ過ぎ、「ほとんど黒字はでない」と控えめな言い方でビジネスとして成立していないことを認めている。コリアテレコムは最近では、申込み件数が1エリアあたり100軒以上集まらないと工事をしないことにしている。
ここまで料金が下がると、通常は値上げ圧力も出てきそうなものだが、競争が激しいため事業者はどこも切り出せない。PC房から自宅に戻り、ゲームを楽しむ一般の韓国人にとっては「価格が安いことはいいこと」だが、通信事業者側はそうもいかない。結局インフラ提供に加え、ポータルサイトでの有料コンテンツの提供や、無制限のストレージサービスなど付加価値の高いプレミアムサービスによる料金徴収で、なんとかネットワークサービス自体をプラスに持っていこうと苦労している。
ブロードバンドでも苦戦が予想されるコンテンツ・ビジネス
しかし、コンテンツについても状況は厳しい。ブロードバンド普及当初、利用者の興味を引き、利用を促進するために多くの優良コンテンツが無料あるいは低価格でネットワークに提供された。「一度ついた価格は、競争の激しい業界では引き上げられない」のはインターネットの世界でも同じだ。映画や音楽、ゲーム、コミュニケーション、教育など、あらゆる産業がコンテンツの有料展開を目指して苦闘しているが、黒字化したところは数えるほどだ。確実に儲かっているのは、人気オンラインゲームのベンダーと、成人向け番組だけだという。
コンテンツの有料化について、大手ISPの担当者は「これからは独自のソフトウェア開発を行い、独占的かつ魅力あるコンテンツを提供できるところだけが(利用者から)課金を許されるだろう。結局、この1年でブロードバンド・コンテンツの勝敗もはっきりと出る」と厳しい表情を見せた。すべては市場が決める、という韓国の姿勢は、日本よりも米国に近い。
ブロードバンド普及と、その後のコンテンツ展開について、ここのところ日本でも数え切れないほどの事業者が事業参入を発表したり、さまざまな提携を組み始めている。しかし正直なところ、日本の事業者や利用者には、ブロードバンド普及に対して韓国にあった「前のめり」的な熱気は今のところ感じられない。
「乗り遅れない」と「前に出たい」の違い、といったらこの差は伝わるだろうか。韓国が抱えるブロードバンドをめぐる状況の厳しさは、日本がこれから直面する課題とほぼ同じだと思ってよいだろう。しかし、問題に直面したとき、2つの国の関係者の態度の差は、結果の違いに直結するだろう。韓国を訪問した後の私は、日本のブロードバンド社会の実現には、かなり時間がのではないかと考え始めている。
Profile
磯和 春美(いそわ はるみ)
1963年生まれ、東京都出身。お茶の水女子大大学院修了、理学修士。毎日新聞社に入社、浦和支局、経済部を経て1998年10月から総合メディア事業局サイバー編集部で電気通信、インターネット、IT関連の取材に携わる。毎日イ ンタラクティブのデジタル・トゥデイに執筆するほか、経済誌、専門誌などにIT関連の寄稿を続けている。
メールアドレスはisowa@mainichi.co.jp
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