Windows XPの売れ行きがどうも芳しくない。
私の会社のホームページで、発売日から1週間の販売指数を毎日掲載したのだが、祝日である11月23日に大きく伸張したものの、発売日の16日から22日まではWindows Meを下回る結果となった。
パッケージ版“深夜発売”は不発
本欄の第58回で「Windows XP OEM版」の深夜発売が予想よりも盛り上がったとお伝えした。これで業界関係者はWindows XP発売でパソコン市場が上向くことを非常に強く期待していたのだが、どうも思うような結果が出ていない。
実は深夜発売を行った11月16日の時点でさえも、どの店舗でも予測よりも少ない集客しかできなかった。東京都心部では秋葉原、有楽町、新宿の有力店舗が店を開けたが、タレントを呼んで華々しい販売をしたショップにはタレント見たさに人が集まったものの、実際に商品を購入していった人の数は思いのほか少なく、ある店舗では、「深夜発売をして初めて用意していた記念品が余った」という。「購入を目的としていた人」だけが集まっていたOEM版発売の夜に比べ、関係者およびカメラ小僧のほうが購入者を上回ってしまっていたのが本来、本番であるパッケージ版発売の夜の実態だった。
この結果から、「Windowsの深夜発売はこれで終わり」という声がショップから上がり始めている。それが言葉どおりになるのかどうか、正直なところいまはまだ分からないが、どうもOEM版発売の夜の「深夜イベントで状況巻き返しを」と願う思いとは裏腹に、コンシューマ向けパソコン販売のビジネスモデルが変革期を迎えたことは確かなようだ。
コンシューマ向けパソコン販売のビジネスモデルの変化を考える前に、「Windowsの深夜発売」というお祭り騒ぎが持つ意味をあらためて考えてみたい。
歴史的な効果を生んだ深夜発売イベント
最初のWindows深夜発売は、Windows 95デビューのときに行われた。当時はパソコン業界の関係者を除いては“Windows”の知名度はそう高くなかった(余談であるが、Windows 95の発売前、ある広告代理店はマイクロソフトに対し、「日本でWindowsが普及しない原因はWindowsという長い名前に起因する。思い切ってウィンズと名前を変えましょう」とプレゼンテーションし、ほぼ決まりかけていた仕事をフイにしたそうである)。そこで一般にWindowsの名前を知らしめるために開催されたお祭りの1つがWindows 95の深夜発売だった。
パソコン業界が初めて大々的に開催する深夜発売だっただけに、果たしてどれくらいの人が集まるのか、マイクロソフトも販売店も疑心暗鬼だったが、秋葉原に関していえばあまりに人が集まりすぎて、秋葉原方面に車両で入ることに規制がかかったくらいであった。テレビ、一般紙でもこのニュースを大々的に取り上げ、このイベントを境にマイクロソフトという企業は一般人にも知れ渡る知名度の高い企業になり、パソコンを個人で使うのはオタクだけというイメージが払拭されていった。
つまり、パソコンが大衆化していくために大きな役割を果たしたのが、深夜発売という広告塔となるイベントだったわけだ。
これにつられてパソコンをめぐる環境も一変していく。初心者をターゲットとしたパソコンが次々に登場し、販売も秋葉原のような電気街からカメラ量販店、郊外型の家電量販店などより個人の生活圏に近い場所で行われるようになっていく。パソコン専門誌にもたくさんの広告が入ったけれど、女性誌や男性向けサブカルチャー雑誌など、非パソコン専門誌にもパソコンの広告がたくさん入っていた。Windows 95が発売になった1995年以降は、何回か商品交代の時期はあったものの、パソコン業界は右肩上がりの成長期であった。
パソコン本体では儲からない!
しかし、昨年後半あたりから、どうもコンシューマ市場でパソコンの売れ行きが悪くなり始めた。特に今年4月以降、コンシューマ市場は惨憺たる状況だったといえる。
「もうパソコン本体に頼る時代は終わりではないか」という声が上がり始めたのは、今年の初頭ごろのことだ。販売店ではパソコン本体よりも、デジタルカメラなど旬の周辺機器のほうが売れ行きがよい。「ユーザーは、パソコンを買ったからデジカメを買うというサイクルではなく、デジカメが欲しいからついでにパソコンを買うというノリになっている。ビジネスモデルを変えなければ」といい出したパソコン販売店もあったくらいだ。
だが、実際にはそこまで思い切ってビジネスモデルを変えたケースはまれである。
原因はいくつかあるが、今年はWindows XPが発売になることが分かっていたから、「大型商材が登場すれば、パソコン本体の売れ行きは再び上向くのでは」という期待があったことも理由の1つだろう。実際にパソコン業界では、Windows 98の発売で、一度は伸び悩んだパソコンの売れ行きが上向きに戻ったという経験をしていただけに、「今回もコンシューマ市場は、Windows XPの発売で再び上向くのでは」という気持ちがあったことは否めない。
しかし、実際にWindows XPが発売になったものの、深夜発売は従来のような大きな盛り上がりとはならなかった。
この結果を受けて、「やはり、真剣に新しいビジネスモデルを考えなければ」という声が、パソコンショップから聞こえてきている。
パソコンメーカーを見ても、日本IBMのようにターゲットを企業ユースに据え、店頭での販売も「会社でも、家でもパソコンを活用する人向け」と思い切った割り切りを示したメーカーもあれば、ソニーのように「あくまでターゲットはコンシューマ」として音楽や映像を楽しむための機能を重点的に拡充したパソコンを出すメーカーも出てきた。従来のように、ターゲットをあいまいにしているメーカーの商品は、店頭に並んでいても、どこか中途半端に見える。
すでにプリンタは去年あたりから、パソコンを使わなくてもデジタルカメラの映像を印刷するといったパソコン離れを始めている。
マイクロソフトの次の手は?
実はマイクロソフト自身が、従来型の深夜発売で一挙に売れ行きが上向くというやり方に、終焉を感じている節がある。
阿多親市社長は、Windows XPの成否の影響が最も大きいOEMビジネスについて、「10月−12月の四半期は残念ながら、前年割れとなるだろう」と、Windows XP発売前に話していた。これはパソコンメーカーの出荷計画がかなり厳しい状況になっていることに影響されてのコメントだろうが、従来のような深夜発売だけで売れ行きが戻るほど、パソコンビジネスが単純なものではなくなってきていることを、阿多社長が感じていたからこそ、そういう試算となっていたのだろう。
パソコンの家庭での普及率は4割を超えた。決してこの普及率が上限だとは思わないものの、これから先の普及に向けて、これまでにない新しい知恵が必要になっていることは明らかだ。マニア向けにはOEM版発売の夜のように、お祭りが有効かもしれないが、「パソコンは使うがマニアではない」層に新しいパソコンと関連製品を購入してもらうためには、まったく異なる要素が必要だということだろう。
正直なところ、個人をターゲットとした新しいパソコンビジネスがどんな形態に進化するのか、答えは見えていない。だが、従来の気分でビジネスを続けても、思うような結果が出ないことは、Windows XP販売がスタートダッシュとならなかったことが示しているのではないだろうか。
Profile
三浦 優子(みうら ゆうこ)
1965年、東京都下町田市出身。日本大学芸術学部映画学科卒業後、2年間同校に勤務するなど、まったくコンピュータとは縁のない生活を送っていたが、1990年週刊のコンピュータ業界向け新聞「BUSINESSコンピュータニュース」を発行する株式会社コンピュータ・ニュース社に入社。以来、10年以上、記者としてコンピュータ業界の取材活動を続けている。
メールアドレスはmiura@bcn.co.jp
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