昨年はブームといえるほど話題を呼んだにもかかわらず、今年はどうもパッとしなかったものの1つに、ASPを挙げることができる。パッケージソフトが肥大化し、利用しない機能がたくさん含まれていること、ネットワークインフラが拡充されたことなど複数の要因から、ソフト産業を救う救世主として脚光を浴びたものの、どうも現状では予想されていたような普及状況とはなっていない。
ASPの限界を救うのはパッケージソフト?
不振の原因はいくつかあるのだろうが、ASPを事業化することを狙っているあるソフトメーカーの社長から、次のような話を聞いたことがある。
「すべてをネットワーク上だけで利用することを想定したために課金しにくかったし、ネットワークインフラが拡充したといってもリソースが足りない状態になりがちだったのではないか。むしろ、本命は基本の重い部分はパッケージで提供し、料金回収もパッケージ販売の形で行い、付加部分をネットワークで提供するという考え方のほうが自然で、理にかなっているのではないか」というのである。
最近、この説を裏付けるかのような“コンシューマ向けのパッケージ+ネットワークサービス”について取材する機会を得た。
経路検索ソフト「乗換案内」を販売するジョルダンは、世界版を発売するに当たり、パッケージ+ネットワークという考え方でサービスを開始した。同社の開発した「乗換案内 世界版」は、従来の日本国内の鉄道を主とする経路検索機能に、世界各国の空路検索が連動する。空路、それも世界各国のものとなると、国内の鉄道路線と異なり、フライト時間の変更や増便・キャンセルなどが頻繁で、それを追っていくだけでかなりの労力を要する。そこで同社では、ガリレオジャパンの「アポロシステム」との連動によって、最新の利用可能な空路データだけを提供することを実現した。
アポロシステムは、旅行業界の方ならおなじみだろうが、もともとユナイテッド航空のシステムとして誕生し、現在では全世界のエアチケットの発券、予約から、ホテル、レンタカーの予約を行うことができるオンラインシステムである。「乗換案内 世界版」をネットワークに接続して利用すると、アポロシステムと連動して搭乗可能な航空便の検索ができるシステムとなった。
「乗換案内 世界版」は技術者としてのチャレンジ
ジョルダンの佐藤俊和社長はパッケージとネットワークサービスの関係を、「パソコンとソフトのようなもの」にたとえる。「パソコンは機能がどんどん進化していくにしても、ハードウェアはできるだけ価格を安く、製造しやすくという要請が強いことから、利用する部品は汎用的なものを選んでいかざるを得ないので標準化が進む。それをより高速にしたり、使い勝手よくしたり、新しい使い方を提供するためにソフト側が工夫してきた。同じようにパッケージも標準的な機能を提供し、ネットワークがそのフォローをする役目を果たす。パッケージが汎用的な部分をカバーし、ネットワークで差分データを取り込むという二段構えが当社の戦略」と、パッケージ+ネットワークサービス作戦の狙いを話す。
実は同社の場合、パッケージ+ネットワークサービスという方向は明確なものの、具体的なサービスをどう作り、課金をどうしていくのかといった具体的なことは決まっていない。「とにかく、そういうことができると分かったら技術者として作ってみたくなった。先を決めていないのは経営者としてはあまりよくないかもしれないが」と、佐藤社長は苦笑いする。
佐藤社長は、自分のことを「オタク」と称する技術畑の経営者。実際のビジネスを視野に入れてというよりも、「新しいビジネスができる可能性のある技術」があることにほれ込んで、パッケージ+ネットワークサービスという方向性を見いだし、取りあえず第一歩を踏み出したのである。
“新しい体験”の提供を目指す「筆まめ」
年賀状作成で大きな威力を発揮する「筆まめ」の最新バージョンVer.12を販売するクレオは、「今年の目玉は自社ネットワークサービスとの連動」と話す。
同社が運営する「筆まめ★ネット」では、年賀状を作る際の素材のダウンロード、住所録データのグループでの共有、グリーティングメールサービスなどのサービスが無料で利用できる。さらに住所録に登録した住所へ有料で花を送付するサービスや、写真アルバムに登録したデータの印刷といったこともできる。
筆まめ事業の指揮を執る大森俊樹常務執行役員によれば、「正直なところ、課金ということは考えていない」という。にもかかわらず、ネットワークサービスの充実を図ったのは、「これまでのパッケージソフトでの機能進化が製品の奥行きを広げるものだとしたら、ネットワークサービスの拡充は製品の幅を広げる新しい進化実現のためのトライアル」だと説明する。
ご存じのように、筆まめのようなハガキ作成ソフトは競合も激しく、筆まめのようにVer.12を数えるまでになってくると、バージョンアップの方向もある一定のパターンに入り込んでしまうことも否めない。そこにネットワークサービスという新しい価値をプラスすることで、これまでになかった可能性を見いだす意図があったようだ。
大森常務は「単純なパッケージの機能拡充のみでは、ユーザーはコンテンツ更新のためだけに機能アップをしている感覚になってしまう。バージョンアップにより、これまで体験できなかった新しい機能を提供するために、ネットワークサービスという従来なかった方向を示したかった」という。
ベストセラーソフトだからできるポータル化
上記した有料サービスは、他社との連携により提供されるものだ。「筆まめ★ネットがいろいろなサービスを仲介するポータルの役目を果たすことができればと考えている。将来的にはシームレスにサービスを利用できるようにしていきたい」と同社では期待する。
同社の志向するネットワークサービスは、筆まめがパッケージソフトで多くのユーザーを獲得し、知名度を得ているからこそ実現するものだ。つまり、パッケージソフトなくしては実現しなかったネットワークサービスなのである。
ASPが話題になり始めたころ、コンシューマ向けパッケージソフトの販売不振もあって、「パッケージソフトは必要がない」といった論調もよく登場した。しかし、長い間、パッケージソフトの動向を取材してきた私にとって、提供形態が変わるだけで売れ行きが上向くほど単純なものなのか、という疑問が胸の底に渦巻いていた。今回紹介した形態は、パッケージソフトの存在はそうばかにしたものではないということを示しているように思うのだが、いかがだろう。
Profile
三浦 優子(みうら ゆうこ)
1965年、東京都下町田市出身。日本大学芸術学部映画学科卒業後、2年間同校に勤務するなど、まったくコンピュータとは縁のない生活を送っていたが、1990年週刊のコンピュータ業界向け新聞「BUSINESSコンピュータニュース」を発行する株式会社コンピュータ・ニュース社に入社。以来、10年以上、記者としてコンピュータ業界の取材活動を続けている。
メールアドレスはmiura@bcn.co.jp
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