やや旧聞に属する話題だが、いまさらながら「インパク」について総括をしておきたい。というのも、複数の知人や取材相手と話していて「そういえばインパクって、どうなったんですか?」という話題が少なからず出たのだ。ところが誰も答えられず「そういえばどうなったんですかねえ」で話が終わってしまった。インターネットのヘビーユーザーたるわれわれにとって、インパクの“インパクト”はこのようなものでしかなかった。しかし、このイベントは「e-Japan」構想をぶちあげた日本政府が万博をイメージモデルに、「すべての人がインターネットに親しむ」ことを理想として110億円もの予算をつぎこんで執り行われたものなのだ。どうなっているのか、検証するのもマスコミ業界に身を置く者の努めだろう。
そして調べて驚いた。驚いたので総括しておきたい。110億円の税金の使い道としてこれが正しかったのかどうか、いやそれ以前に、今後、生活の一部を担っていく「インターネット」の利用促進を図ったはずの政府のイベントのあり方がこれでよかったのかどうか、納税者もネット利用者もよく考えておくべきだと強く思う。
証拠隠滅?──消えたサイト
森内閣の置き土産となった「インパク」──インターネット博覧会が昨年12月31日に終了した。結果は、最終的な参加パビリオン数が507、ゲートサイトと呼ばれたトップページへのアクセス数は1年間で5億3300万。インターネットコムとインフォプラントによる調査(2001年11月時点)では、インターネット利用者のうち約5割が「インパクの公式サイトにアクセスしたことがある」と回答、政府は当初の「インターネットの普及を図り、コンテンツの充実を促す、という目的に関してはある程度の成果を得たとしている。
しかし、同じ調査では同時に「インパクはどちらかというと失敗」「失敗」とする回答が8割も寄せられており、話題性やコンセプトの浸透のうえで、厳しい評価だったといえる。
私個人としては、堺屋太一経企庁長官(当時)が、1996年にNTTなどが民間主導で行った「インターネットワールドエクスポ」がまるでなかったかのように「インパクは世界初の試み」とぶちあげた時点で、「ああ、この企画に関わっている人はインターネットのことを知らないのだ」と感じていた。しかしそれと同時に、開始前──いや始まってからも春先までは、「インターネットを知らない人が主導するインターネット利用のイベントというのは案外、われわれのようなネットずれした者には見えない、初心者の驚きや発想による面白さをすくいとってくれるのかも知しない」と期待していたものだ。
インパク終了でまず、何よりも驚いた──というよりはっきりいって呆れたのは、せっかく行われたインパクの公式サイトのほとんど、正確には政府サーバに置いてあったサイトがほとんどすべてが、1月20日現在ではアクセス不可能になっていることだ。インパクゲート(http://www.inpaku.go.jp/:このページも1月末日に閉鎖されました)には、「インパク宣言〜信頼に足る未来 社会への胎動として〜」と、参加パビリオンのリストが残されただけで、そのほかの独自コンテンツは跡形もなく消滅したのだ。インパクが企画してきたイベント、利用者の声、地方自治体などの苦労したであろう紹介コンテンツなどはまったく閲覧することができない(Googleのキャッシュにかろうじて残っている程度だ)。
これはもう、リファレンスに優れ、過去ログをたどることで時系列のデータを利用できる点が特性の1つである「インターネット」というものをまったく理解していない人物がインパクを企画したことのなによりの証左だろう(もっとも、都合の悪いデータをサーバごと消す、ということが目的であるならば、それはそれで優れてインターネット的対処法と思えるが……)。
「失敗の理由」はインターネットに対する無理・無知・無駄
インパクの関係者は昨年11月30日にシンポジウムを開いており、そこでインパクの不評についてのさまざまな見方が披露されている。例えば藤岡文七・内閣総理大臣官房新千年紀記念推進室長は、「国がやるということが1つの致命的な欠陥だった」と述べている。「制約が多い中、『ドッグイヤーなので、とにかく早くやらないと』と踏み切ったのがインパクである」と自ら拙速であったこと、規制が多く自由なコンテンツ形成ができなかったことを“反省”している。しかし、そんなことは実施する前から分かっていたことなのではないだろうか。
また、糸井重里インパク編集長の発言にもがっかりした。「博覧会の模型を頭に入れながら最初スタートしたが、違うと思ってから、インパクはずいぶん楽になった。軽くすることで、大きく、早くすることが大事」とのことだが、終了間際に言われては困る。インパクがネット初心者向けのネット利用促進なら、使いやすさ、見やすさをまず第一に考慮しなければならないはずだ。アクセシビリティの向上より先に「バーチャル博覧会」の形式を重んじたことが、当初のゲートの使いづらさに結びついてしまったのであろう。ゲートについては期間中に大分改良されたようだが、シンポジウムの場では「いつごろ、なぜ、違うと思ったのか」、「いつから軽く、大きく、早くが大事だと思ったのか」をきちんと説明してもらわなければ、インパクを総括する知恵を蓄積したことにはならないのではないか。
さらに、荒俣宏氏は「個人が主役にならない、iモードに対応しない、ピンク系コンテンツがないなど」と、当初からのインパクの弱点を改めて指摘。その上で「いまのインターネットはマニア向け。いかに使いにくいかということを、一般の人に体験してもらったのがインパクだ。この実験を1年間続けてみて、連帯感が生まれた。この連帯感が次の日本のインターネットの社会の第一歩になる、そういう実感がある」と発言。これなどはインパクとインターネットの目的を完全に見失った、後講釈にしか読めないのは残念だ。
いずれのパネリストの発言も、インターネットの特性や現状に対する無定見、無知、無理、無駄を表しているように思えてならない。1年間、インパクに関わった結果がこの発言であるなら、税金の利用について批判を受けることも甘んじてもらいたいものだ。
果たして、成果はあったのか?
“インパクの成果”といえるのは、参加者、主催者がこれをきっかけにインターネットを利用するようになったり、Webサイトの制作に関わるようになったことに尽きるのではないか。はっきり言えば、政府や地方自治体、お堅い企業、教育機関、およびそれまで及び腰だった一部の個人が「国がやることだから安心だろう」とインターネットの荒波の中におそるおそる出てくる契機になった、ということだ。
インターネットそのものは、残念ながら、インパクによっては何も変わらなかったと見るべきだろう。相変わらずアンダーグラウンドな情報を内包し、グローバリズムを促進する存在でありながら、一方で個人が企業や公共団体と対等に情報の発信者かつ受信者になれるという健全なポピュリズムをはぐくむ面がある。それがインターネットではないだろうか。“お上”が推進するかどうかよりも、そのイベント(コンテンツ)が興味深いか、利用者にとって有用か、使いやすいかどうかが人気のほどを決めるのだ。
政府機関の官僚のインターネットに対する見方が「怪しい存在」から、「ビジネスの種になるインフラ」へと変化したことに意義を見出す向きもあるが、それが110億円の成果というのはいかがなものか。さらに意地悪に付け加えるなら、当初はインパクによってIT化社会が推進され、1兆円程度の経済波及効果があるとぶちあげられていたはずだが、その点についての総括はどうなっているのだろうか。
以上、非常に厳しい個人的総括となってしまった。これはあくまで私個人の意見であって、「インパクは良かった」「素晴らしかった」という人も数多くいると思う。私はインパクというアイデア自体にはそれほど反対ではない。あるテーマや目的に掲げて、仲間でイベントや運動を繰り広げ、参加者を募ってサイトを相互リンクし、アクセス数を競い合う──というスタイルは、インターネットを通じたコミュニケーションの1つのあり方として自然だろうと思うし、こうした催しが民間主導やあるいは個人の主催で行われるのであれば、まったく文句はない。むしろ、インターネットはそうしたことがどんどん行われるような空間であって欲しい。
問題にしているのは、税金をつぎ込んだ政府の企画であること、いくつかの目標を掲げていたはずが到達できなかったこと、当初から主催者側がインターネットの特性や問題についてあいまいな認識しかもっていない様子だったこと、数々のトラブルがあったこと、これらすべてが総括もなされず、責任の所在も明らかにならず、しかも記録も成果も残さずにうやむやにされそうなこと、である。
「総括はされた」と指摘する人もあるだろう。しかし、そうした人々のいう総括とは「インパク宣言」らしいのだ。ここまで拙稿につきあってくださった読者は、ぜひ一読してみて欲しい。具体的な発案や提案のないこの宣言は、あるいは確かにインパクらしいといえよう。だが、100億円と1年を費やして、その結果一般のインパク参加者はまだ初心者なのであろうか。そうでないとするならば、この「インパク宣言」は誰が、誰に向けて語っているものなのだろう。最後に大きな謎を残したまま、インパクはいつの間にか終わっていた。
Profile
磯和 春美(いそわ はるみ)
1963年生まれ、東京都出身。お茶の水女子大大学院修了、理学修士。毎日新聞社に入社、浦和支局、経済部を経て1998年10月から総合メディア事業局サイバー編集部で電気通信、インターネット、IT関連の取材に携わる。毎日イ ンタラクティブのデジタル・トゥデイに執筆するほか、経済誌、専門誌などにIT関連の寄稿を続けている。
メールアドレスはisowa@mainichi.co.jp
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